IBM社が開発したAI、ワトソンはアメリカのクイズ番組に出場し優勝したことでも有名だが、現在はコグニティブ・コンピュータとしての改良が続いている。人間の頭脳に近い認識能力を備えつつあるワトソンが現在注力しているのが、ヘルスケアの分野だ。
AIは病状診断のいくつかの分野ですでに人間の医師を上回る正確性を備えている。たとえばグーグルのAI開発事業部の中のヘルスケア専門部署、「ディープ・マインド・ヘルス」は、人間の目の虹彩をスキャンすることにより、糖尿病による網膜症を予断する。この技術は現在臨床試験中だが、実現すれば「早期発見により視力を失う人を減らすことができる」と注目されている。
現在ワトソンが協力しているのは、米最大の製薬会社、ファイファー社だ。その内容は「人間の免疫システムを刺激してガンと闘う薬を開発すること」だという。ガンに対する免疫療法は現在世界中の製薬会社、医療機関などが開発競争を行っている分野であり、ファイファー社では「我が社はワトソンのコグニティブ・コンピューティングを製薬の分野で取り入れる世界初の企業であり、もし薬の開発に成功すれば今後我が社にとっての主力商品となる可能性がある」と発表している。
ワトソンの手法は医学書の記述、患者のデータ、ファイファー独自のデータその他の資料をマシン・ラーニング、ナチュラル・ランゲージ・プロセス、その他のコグニティブ・リーズニングにより処理する、というもの。ファイファー側の研究者はワトソンを使って様々な仮説を分析、テストし、安全な治療法についてのアセスメントを行う。
ワトソン内部にはすでに2500万以上の医学論文、100万以上の医学ジャーナル記事、400万人以上の患者のデータが蓄積されているという。人間の研究者が1年に読める論文や記事の数は最大でも200から300だから、膨大なデータがAIによって処理されていることになる。
ワトソンによる分析の中で大事なのは「既存の知識の中から研究者や科学者が新しいパターンを見つけ出し、そこから新たな医学的革新を生み出すことだ」とワトソンのライフサイエンス部門副社長、ローレン・オドネル氏はアメリカン医学ジャーナルの中で語っている。
パターンを見つけ出す、というのは実際の疾病とその症状例をデータ化し、どの部分の異常がどのような身体的な症状となって現れるのかを探しだすことだ。もちろんこれまでの臨床例から一定の症状は広く知られている。しかしそこからマシン・ラーニングによる膨大なデータとの照らし合わせにより、新しいパターンが見つけ出せれば新しい治療法の開発につながる可能性がある。