森本:僕が皇后陛下の講演で一番好きなのは『でんでんむしのかなしみ』という新美南吉の本に触れているところです。これは1ページくらいの小さな物語なんです。ある日、でんでんむしが雨の中を歩きながら、自分の殻の中に悲しみがいっぱい詰まっていることに気が付いた。どうしようもなくなって友達に聞いてみたら「僕の殻の中にも悲しみが詰まっている」とみんなが言う。そして初めて「ああそうか。すべての人がそうやって悲しみを背負って歩いているんだな」と理解する話なんです。
おそらく皇后陛下は小さいとき、でんでんむしが雨の中で葉っぱの上をゆっくり歩いている姿を見て考えたのでしょう。それが何十年たっても心の中に残っているんです。皇后陛下の人生にも、たくさんの苦労や悲しみがあったはずです。はじめて民間から皇室に入られたわけですから。そうでなかったら、あの童話にあれほど心が同期するということはなかったと思います。本というのは、自分の人生を投影しながら読むものなんです。だから同じ本でも、大人になって読むとまた違う読み方ができるんです。
出口:あれほどすばらしい読書論はありませんよね。
森本:ええ、本当にそう思います。
「やっぱり日本に筋金入りの知性を育てるには、
勉強するということに尽きますね」
出口:子どもに伝えたいことをいくつか話しましたが、制度の問題も大きいと思っています。日本の一番の問題は、子どもの貧困。最初の森本先生のお話にあったように、貧しい人がどんどん悪循環にはまっています。
シングルペアレントの6~7割が貧困というデータがあるんですよ。ありがちなのはDVの男性から子どもを連れて逃げてきた女性が、親権を持つことになる。そんな家庭のお父さんが養育費を払うはずがありませんから、どんどん貧しくなっていくんです。
グローバルに見たら、日本ほど親権が強い国はありません。欧米はたいてい共同親権です。共同親権の場合、裁判所がまず養育費を立て替え、お父さんを追いかける仕組みがあります。免許証を取り上げたりするんですが、そうなったら払うしかないですよね。
森本:日本では裁判で払うことが決まっても、実際に払う人は2割くらいだとか。
出口:ええ。でもそこに、免許証を取り上げる、パスポートを出さないなどの創意工夫を入れて、払わざるを得ない状況にするべきです。僕は親権という言葉もまちがっていると思うんですよ。親の権利は名前をつけることくらいで、親は子どもを一人前に育てる義務しかない。
どんな事情で生まれても、子どもに罪はありません。次の世代を育てることは人間の最大の義務なので、子どもが育ちやすい仕組みを作っていかないといけない。世界で一番少子高齢化が進んでいる日本は、子どもの存在が貴重なわけですから、貧困を放置するのは許されないと思うんです。
森本:保育園に入れなくて、仕事ができない人もたくさんいます。子育ての時期は30代くらいなので、仕事でも力をつけていく年代です。その時期に働けず過ごすのはもったいないですよ。
出口:待機児童の問題は、小学校のように義務保育にすればいい。政治家に根性があってリーダーに見識があれば、1年で解決できると思うんですよ。
森本:今は、それだけのプライオリティを置いてないんでしょう。
出口:小さい子どもは親が育てないとおかしいという人もいますが、これも歴史を見たら間違いだとすぐにわかります。ホモサピエンスが定住を始めたのは1万3000年前で、それまでは集団で移動して生活していた。子どもを集団で育てていたんですよ。
京大の山極壽一総長が集団保育が人間の社会性を高めたという論文を書いておられます。つまりホモサピエンスは集団保育に向いているのです。「3歳までは母子で」という3歳児神話はまったくのでたらめです。そういう当たり前のことを知れば気が楽になりますよね。「保育園に預けたら子どもに申し訳ない」と思う人もいるようですが、違います。それがむしろ古代からホモサピエンスの普通の生活なんですよ。それを知っているのも知性、リテラシーです。
森本:歴史を見て、他国の状況を見て、垂直と水平の両方を知ることが必要ですね。
出口:情報は、生きる力を与えます。何も知らなければ社会常識に立ち向かうことも難しいですよね。
森本――やっぱり、筋の通った知性を育てるには、勉強するしかない、ということだなあ。そこに尽きますね。ありがとうございました。
1956年神奈川県生まれ。国際基督教大学人文科学科卒。東京神学大学大学院を経て、プリンストン神学大学院博士課程修了。プリンストンやバークレーで客員教授を務める。国際基督教大学牧師、同大学人文科学科教授等を経て、2012年より同大学学務副学長。主な著書に『アメリカ・キリスト教史』(新教出版社)、『アメリカ的理念の身体』(創文社)他。
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業。ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長。日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2016年6月より現職。
主な著書に『世界一子どもを育てやすい国にしよう 』出口治明・駒崎弘樹 (著)(ウェッジ)、『「働き方」の教科書: 人生と仕事とお金の基本』(新潮文庫)他。
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