事故原因解明の最大のポイントは、どちらに回避義務があったかである。陸上とは異なり、海には道路がないため、軍艦も民間船も「海上における衝突の予防のための国際規則に関する条約(CORLEGS)」に従う義務がある。今回の事故は、状況から見てどちらかが相手の航路を横切ろうとしたか、追い越そうとした中で発生したと考えられる。横切る場合は、相手を右側に見る側に衝突を避ける義務があり、追い越しの場合は追い越し側に衝突を避ける義務がある。今回のケースでは、横切りであればイージス艦側に、追い越しであればコンテナ船に回避義務があった可能性が高い。
回避義務と合わせて、当直員に問題はなかったのか、レーダーは正常に作動していたのかなど、事故発生時の当直体制の検証も重要である。事故発生現場は1日400隻が往来する交通量が多い輻輳海域である。非常に多くの船が周りにいた場合、レーダーが正常でも当直員の判断次第で危険な状況が起こることはある。コンテナ船側は、衝突の前にイージス艦側にライトで接近を警告したという証言もあり、イージス艦側の当直体制が特に注目される。また、イージス艦の艦長は自室で負傷したが、輻輳海域を通航するに当たって、艦長が艦橋にいなかったことには疑問が残る。
目に見えない形で日米協力に影響が出る可能性も
今回の事故は、一方の当事者が軍艦であった点を除けば、通常の海難事故である。しかし、安全保障上の影響がないわけではない。
まず、「フィッツジェラルド」は、現在横須賀基地で修理を受けているが、横須賀基地は非常に高い艦船修理能力を有しているとはいえ、「フィッツジェラルド」を修理するために、他の艦船の修理に遅れが出る可能性がある。横須賀を母港とする米第七艦隊は米海軍の中で最も忙しい部隊であるが、その修理が遅れることは日本の防衛と地域の安定にとって望ましいことではない。このため、「フィッツジェラルド」は米本土で修理することになるであろう。なお、2000年にイエメンで小型ボートによるテロ攻撃を受けた米イージス艦「コール」は、重量物運搬船に乗せられ、米本土で修理を受け、復帰には3年かかった。
また、「フィッツジェラルド」は、米海軍が横須賀に配備している弾道ミサイル迎撃能力を備えた7隻のイージス艦のうちの1隻で、北朝鮮のミサイル対応のため、4月に朝鮮半島近海に展開したばかりである。日米は、海上自衛隊の4隻のイージス艦と合わせて、合計11隻をローテーションさせ、北朝鮮のミサイル対応を行っているが、当面これが10隻となる。1隻減っても、ローテーションを工夫することで即座に影響が出ることはないが、長期的には残り10隻の作戦期間が延び、乗組員の負担が増え、それによって士気が下がる可能性がある。
このため、米海軍は「フィッツジェラルド」を修理する間、米本土から代わりのイージス艦を派遣すると考えられる。しかし、単に数を合わせればいいというものでもない。「フィッツジェラルド」は長年横須賀に配備されており、海上自衛隊との協力やアジア地域での作戦に慣れ親しんだ乗組員も多いが、新しいイージス艦の乗組員が西太平洋での作戦に慣れるには、時間がかかるであろう。このため、「フィッツジェラルド」がしばらく作戦から離脱すれば、目に見えない形で日米協力に影響が出る可能性がある。
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