世論調査に表れた脅威認識の低下ぶり
今回の韓国ギャラップ社の調査で興味深いのは、むしろ北朝鮮に対する脅威認識の長期的低下を如実に示す設問である。
調査では「北朝鮮が実際に戦争を起こす可能性」について聞いている。「大いにある」と答えた人は13%、「ある程度ある」が24%で、両方を合計した「ある」は37%。これに対して「まったくない」22%、「別にない」36%で、「ない」の合計は58%だった。
「ある」37%と「ない」58%。これだけを見ると判断に迷うかもしれない。ただ過去の調査と並べると、変化を見て取れる。同社の発表資料には92年以降に行った9回の調査結果が並んでいる。
「ない」58%というのは、今までで最も多かった金大中政権末期の2002年と同じだった。「ある」37%も、02年の33%に次いで低かった。6回目の核実験直後でも、南北首脳会談後の融和ムードが強かった時と同じ程度にしか戦争の脅威を感じていないということになる。
冷戦終結直後だった92年の調査では「ある」が69%、「ない」24%だったから、四半世紀前と比べたら完全に逆転した。
背景にあるのは、冷戦終結を境に韓国と北朝鮮の国力差が如実に見えてきたことだ。
韓国と北朝鮮は朝鮮戦争休戦(53年)後に体制間競争を繰り広げてきた。ソ連や中国から大規模な支援を受けた北朝鮮の方が戦後復興は順調に進め、世界最貧国レベルだった韓国経済に差を付けた。日米から資金と技術を導入した韓国が追い上げ始めるのは60年代後半になってからで、南北の経済力が逆転したのは70年代半ばのことだ。
冷戦期には、北朝鮮の武装ゲリラが韓国に浸透して青瓦台襲撃を図った事件(68年)や外遊中の全斗煥・韓国大統領暗殺を狙ったラングーン爆弾テロ事件(83年)、ソウル五輪妨害を狙った大韓航空機爆破事件(87年)などが続いた。北朝鮮の脅威はまさに身近なものだったと言える。
ところが韓国は「漢江の奇跡」と呼ばれる驚異的な経済成長を遂げ、冷戦終結と時期が重なったソウル五輪を契機に旧東側諸国との関係を一気に改善させた。北朝鮮の後ろ盾だったソ連(90年)、中国(92年)との国交樹立はそのハイライトだ。韓国はその後も経済成長を続け、いまや世界10位前後の経済力を持つ。国際社会での地位も、主要20カ国(G20)の一角に食い込むまでになった。
北朝鮮の境遇はまったく違う。韓国との国交樹立に踏み切った中ソ両国との関係が90年代に冷え込んで孤立の度を深めた。なによりソ連や東欧社会主義国の体制が次々と崩壊する中で、自らの体制生き残りを最優先せざるをえない状況に追い込まれた。頼みの綱だった社会主義圏からの援助を失った上、90年代半ばには天候不順にも見舞われて数十万の餓死者を出すほどの食糧危機に見舞われた。その中で体制生き残りのため必死に続けてきたのが核・ミサイル開発だ。もはや韓国と正面から競争する余力など残っていない。
冷戦期の韓国では北朝鮮の実情を知らせるようなニュースは統制され、人々が持っている北朝鮮イメージは反共教育で教え込まれた「強くて憎むべき敵」だった。前述のように80年代にも大型テロが続いたから、そのイメージには現実味があっただろう。ところが、冷戦終結後に知るようになった北朝鮮の実情は違った。韓国の人々は、それまで抱いていたイメージとは正反対ともいえる「貧しい北朝鮮」像を眼前に突き出された。それを見た韓国の人々が「体制間競争に勝負がついた」と考えるのは当然だ。だからこそ金大中政権(98〜2003年)の太陽政策が受け入れられたのだろう。そして、韓国人の脅威認識はさらに薄れていった。