慰安婦問題めぐる日韓合意の中身は何か
慰安婦問題に関しては、韓国外務省が日韓合意の検証結果を年内にもまとめる。それを前に改めて考えておくべきなのは、合意の中身は何だったのかということだ。
東京の韓国大使館員からは「日韓合意は慰安婦問題を解決するためのものであって、なかったことにしようというのではない。今の日本では、慰安婦の『い』の字を口にするのも問題だという雰囲気を感じるが、それは行き過ぎではないのか」という愚痴を聞く。釜山の少女像に象徴される韓国側の無神経さがそうした空気を作った面はあるのだが、日本側で拡大解釈が目立つのも事実である。
日韓両国の外相が2015年12月28日にソウルの韓国外務省で発表した合意内容を振り返ってみよう。
すべての前提となる認識は、旧日本軍の「関与の下」で女性の名誉と尊厳を傷つけたことに「日本政府は責任を痛感している」というものだ。この認識に従って、安倍晋三首相が「日本国内閣総理大臣として心からおわびと反省の気持ちを表明する」とされた。ただし、これは安倍首相がカメラの前で自ら語ったわけではなく、岸田文雄外相(当時)が「安倍首相のおわびと反省」を読み上げる形だった。
さらに両国の約束として、▽韓国政府が元慰安婦を支援する財団を設立する▽日本政府が財団に10億円を拠出する▽国連など国際社会において相互非難をしない▽合意がきちんと履行されることを前提に、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する——ことが明示された。
岸田氏はこの際、財団について「日韓両政府が協力し、すべての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う」と語った。一方で韓国の尹炳世外相(当時)は、「韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」と表明している。尹外相の言葉は、日本が少女像を問題視していることを受け止め、移転へ向けて努力するという意味だ。
合意に従って、韓国は「和解・癒やし財団」を設立し、日本は政府予算から10億円を拠出した。財団は元慰安婦や遺族に現金を支給する事業を行い、合意時点での生存者47人のうち7割超となる36人が事業を受け入れた。一方で、日本大使館前の少女像問題に進展はないまま、釜山の日本総領事館前に新たな像が建てられた。合意の再交渉を選挙公約にしていた文在寅大統領は、当選後に「再交渉」を口にしなくなったものの、合意の検証を進めさせている。
慰霊碑は「合意の精神」に反しているのだろうか
本来は行われるべきであるのに、そうなっていないことの筆頭は少女像の問題だろう。大使館前の少女像を移転させる問題に進展が見られない中で、釜山の日本総領事館前の公道上に新たな少女像が設置されるのを韓国政府が黙認したことは明らかに問題だ。「釜山の日本総領事館前には少女像を作らせない」と明示されているわけではないものの、明らかに「合意の精神」に反している。
同時に、合意をまとめた朴槿恵政権が世論を説得する十分な努力を行わなかったことも指摘できる。少女像の問題がこじれたのも、この点に起因するといえる。ただし、日本側は10億円拠出で義務をすべて果たしたかというと、これもあやしい。岸田氏は「日韓両政府が協力して」財団の事業を進めていくと表明したが、韓国世論の反発を受けて苦労する財団を積極的に支援したとは言えないからだ。
一方で、政府間の合意が民間の活動を縛るわけではない。民間団体が私有地に像を建てる限り、政府ができることは限られている。政府の行為にしても、何もしてはならないと合意されたのではない。むしろ、元慰安婦の名誉と尊厳の回復を図る事業は財団設立のように進めていこうというのが「合意の精神」だろう。