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2011年2月16日

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私市正年 (きさいち・まさとし)

上智大学外国語学部・アジア文化研究所教授。
北海道大学文学部卒業、東京都立大学経済学部中退、中央大学大学院博士課程修了。モロッコ・ムハンマド5世大学、エジプト・イブンハルドゥーン研究センター、フランス・エクサンプロパンスIREMAM(地中海アラブ・ムスリム研究センター)、アルジェ大学CREAD(応用開発経済研究センター)などで研究に従事。
専門は、歴史学、マグリブ・アラブ地域研究。
主な著書に、『北アフリカ・イスラーム主義運動の歴史』(白水社、2004)、『マグリブ中世社会とイスラーム聖者崇拝 』(山川出版社、2009)、『アルジェリアを知るための62章』(明石書店、2009)、共編著に『イスラーム地域の民衆運動と民主化』(東京大学出版会、2004)など。

 一時的に政権を担っている軍最高評議会は、今後について「軍政による民主化プロセス」と言及しました。エジプト国内で新しい政治の主翼を担うべき勢力は、デモを起こしたような青年層か、選抜徴兵制で47万人規模の軍です。もし青年層が代わるべき対抗軸を打ち出せなければ、軍が政権にとどまる可能性もあるわけですから、後にクーデターと呼ばれることになるかもしれない。

 しかし私は、歴史的な事件というのは、常に流動的なものであるのだと思います。起こったことを論理的に説明し、名づけることができるのは、後世の人間の特権ですから。フランス革命でバスティーユを襲撃した市民たちが、具体的な政策組織や政権のあり方のイメージを持っていたでしょうか? 彼らは、絶対王制打倒とか、ブルジョワ(市民)革命というイデオロギーを掲げていたわけではありません。後世の歴史家がこの政変を説明するために用いた思想用語です。

 ただ言えるのは、この事態の発端は、圧政や人権抑圧、言論統制に対して、自由と人間としての尊厳を求めるというエネルギーの爆発です。いまの段階では主体になっているのが既成の政党や組織、ではないということは、特筆すべき出来事です。

 若者たちは、真に自分たちの生活を自由でよいものにしたいという思いで蜂起した。私は、欧米には、そこが見えていなかったのではないかと思う。古い政治の常識からすれば、ある程度争いが起こっても、政権構造や主従は逆転しないと考えていたわけです。

 そんなふうに政権を甘く見ていたから、誰も政治がどのように動くのか、見えなかった。旧勢力にとっても欧米にとっても、突然現れた青年たちは話の通じない宇宙人が来たようなものではないでしょうか。

 今回の革命は、これまでにない、まったく新しいものです。旧世代の強権政治とイスラーム勢力が支配する中東で、インターネットツールで結びついた若者たちが、宗教ではなく人権や人間的誇りといった、普遍的な問題に対して声を上げた。

 既存の政治観で見ていたら、まったく想像のつかない出来事でした。

 そのような意味で、私は、今回の革命には今まで知らなかった要素Xが、入ってきていると思うのです。

純粋なナショナリズムが
若者を団結させた

 もう1つ、今回の事態を引き起こした大きな要素が、ナショナリズムの復活です。チュニジアでもエジプトでも、純粋な愛国心、自分のいる国をよくしたいという思いが強く発現しました。

 チュニジアの独立の父・初代大統領ブルギバと一緒に独立運動を戦ったハッシャードという運動家が、フランス軍に銃殺される前に残した詩があります。

  「やあ民衆よ、私は君を愛す」

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