2024年12月23日(月)

赤坂英一の野球丸

2018年4月4日

 甲子園で行われる高校野球には、プロ野球では決して見ることのできない「あの一瞬」、「あの名場面」がある。それも、マスコミに大きく取り上げられるようなスターや怪物のいない試合の中に。高校野球がわれわれ日本人の心を惹きつけてやまないのは、実はそういうありふれた球児たちのドラマが見る者の心を揺さぶるからではないか。今年も甲子園に足を運び、選抜高校野球の第90回記念大会を見ながら、改めてそんなことを考えた。

(takasuu/iStock)

 最初に「あの名場面」を見せてくれたのは、明徳義塾(高知)の4番・谷合悠斗である。中央学院(千葉)との初戦(3月25日)、4−5の九回裏2死から、谷合が逆転サヨナラ3ラン。これだけでも十分劇的だったが、2戦目の日本航空石川(石川)戦(同月30日)で、今度はエース・市川悠太が悪夢のような「あの一瞬」を演じる。1−0の延長十回裏、逆転サヨナラ3ランを打たれて敗れたのだ。

 初戦の結果を裏返しにしたかのような打球は、皮肉にも左翼を守る谷合の頭上を越えていった。新聞各紙に掲載された「サヨナラ3ランで勝って、サヨナラ3ランで負けて、何という劇的な、自分の人生みたいな感じ」と呻くように漏らした〝名将〟馬淵史郎監督の言葉は、今大会一番の「名セリフ」だったかもしれない。

 同日、その直後に行われた智弁学園(奈良)−創成館(長崎)にも、私にとって忘れ難い「あの一瞬」があった。1−1で迎えた九回裏1死二・三塁で、智弁の中堅・左向澪が浅いフライをグラブの土手に当てて落球し、この間に創成館の三塁走者が生還して同点。さらに1死満塁となったところで、願ってもない形で〝運〟が智弁に味方したのだ。

 この場面で、智弁の遊撃・畠山航青がどん詰まりの打球をキャッチ。ダイレクトで捕球したから、創成館の走者も3人ともスタートを切らなかった。ところが、球審がワンバウンドキャッチと判定したため、畠山は即座に捕手・小口仁太郎へ送球、三塁・吉村誠人へ転送され、瞬く間に併殺が完成した。

 プロは今年からリプレー検証を要求できるリクエスト制度を実施しているが、高校野球ではビデオ判定は導入されていない。創成館・稙田龍生監督は確認を要求し、審判も協議したものの、やはりジャッジは覆らず。これで一度は流れが智弁に傾いたかと思われたが、延長十回裏に本塁打が飛び出して智弁のサヨナラ負け。ちなみに、1日2本、1大会2本の逆転サヨナラ弾は、春夏を通じて甲子園大会史上初の〝珍事〟でもあった。

 こういう試合を見た夜は、記者仲間の間でも酒を飲みながら様々な「たられば」が飛び交う。「そもそも九回の満塁で畠山がわざとワンバウンドで捕球するべきだった」という声に始まり、「いや、球児はみんな真面目にプレーしてるんだから」と杓子定規に応じる者がいると、「だけど、昔の元木大介(上宮→元巨人)だったら絶対ワンバウンドさせてたぞ」と反論が出て、それでは坂本勇人(光星学院→現巨人)や平沢大河(仙台育英→現ロッテ)だったらどうしただろうか、そういうところに人間の性格が出るんだよ、などと話は尽きない。これが野球の面白さだ。


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