中国が2014年に打ち出した広域経済圏構想「一帯一路」。3月に入って、その推進のために機構改革を行い、中国外務・商務両省の対外援助部署を統合した「国家国際発展協力署」を置くことが決まった。伊藤忠商事が一帯一路の商機を当て込んで日欧間の輸送サービスを始めるとも報道された。日本が乗り遅れていないかと心配する声のある一方で、中国主導の枠組み構築には警戒感も強い。国際協力銀行(JBIC)北京駐在員事務所に2014~17年まで駐在し、海外での投融資に詳しい野本和宏さん(同行財務部)に聞いた。
Q: 一帯一路の現状をどう考えているか
「これが一帯一路だ」という体系化された制度やルールはまだないという認識だ。今のところ中国は、構想を打ち上げているが、横串を通すような制度作りの意思は見せていないようだ。調印文書はたくさん出ているけれども、MOU(了解覚書)という拘束力のない覚書が非常に多い。そのために、広域のプラットフォームと言いながらも、実際は相手国が中国と二国間交渉を進めていくというスタイルになっており、懸念を強める国も出始めている。
実際に資金供与をしたり、着工したりした案件はまだそれほど多くない。中国にとって国益上非常に重要なもの、つまり中国パキスタン経済回廊(中国とパキスタンを結ぶ総合インフラ開発計画)や、マラッカ海峡を迂回するためのミャンマーからのパイプラインの建設、中国からラオス、タイ、マレーシアを経てシンガポールに至る鉄道といった、数少ない国家的なプロジェクトについては進めている。しかし、それ以外は基本的にビジネスとして成り立つことを前提に考えていて、採算を度外視してまで進めようという案件は多くないと考える。
動きの活発なのはマレーシア、タイ、フィリピンの3カ国で、貿易額も、中国からの投資額も増えている。視点として持っておくべきなのは、一帯一路があったから今さまざまなインフラ関連のプロジェクトが出てきているという見方と、逆に、一帯一路はあくまでも中国の経済活動の結果でしかないという2通りの見方ができるということだ。
日本でも1990年代に商社やエンジニア会社が海外に出て行ってインフラ案件を受注していき、今では商社や電力会社がどんどん海外のプロジェクトに出資しているという流れがある。中国がその後を追っていると言っても間違いではないだろう。そうすると、中国が海外に進出している結果に、一帯一路というスローガンが付いているという見方もできる。そういう意味でも、一帯一路だからいろんなものが動くという段階には、まだないのではないか。
国内向けの経済成長機会の提供という側面
一帯一路というスローガンは、習近平国家主席の権力を固める基盤にもなっているだろう。また、鉄鋼やアルミといった国内で製造過多になっている産業の需要を国外に求めて経済成長の機会を得ようとする中で、大きなスローガンがある方が取り組みやすい部分もある。中国は製造大国で、製造業に従事する人口も、GDPに占める製造業の割合も高い。貿易依存度は30%で、世界的にみると高いわけではないが、20%台の日本に比べれば高く、輸出を増やしたいというのもあるだろう。
国内的には、内陸部の開発のためという側面がある。90年代から始まった西部大開発(沿海部の経済発展から取り残された内陸西部地区を経済発展させるための政策)は必ずしもうまくいっていない。内陸部にいかに優秀な人材をとどめ、観光以外に雇用セクターを作っていくかが、中国政府にとって大きな課題になっている。
現状においては、一帯一路の役割は中国の経済成長のための機会の提供という側面が一番大きいのではないか。今のところ国際政治上の意図は見えてこないが、今後、ルール作りや制度化の試みが出てきた場合には、中国の安全保障上の意図や地政学上の意図には留意すべきだろう。