サムライ弁護士の一刀両断

2018年5月25日

»著者プロフィール

選手と大学の評価を分けたものとは?

 さて、記者会見で選手と大学の評価を分けたものは何でしょうか。

 先に行われた選手の記者会見では、最初に選手側が認識する事実関係を、なるべく客観的に、かつ詳細に説明しました。この時点で「事実を的確に認識しており、自分のどこが悪かったのかを分析できている」という印象があります。

 その上で、選手は、監督やコーチの指示があったにせよ、従った自分に非があると発言しました。悪いのは選手の側か、監督・コーチの側かという議論に踏み込むことなく、あくまで自分自身の責任をどのように認識しているかという本質的な説明に徹したということです。このことで多くの人が「この選手は自分の責任がどこにあったのかをよく分かっている。二度と同じ過ちを犯さないだろう」という印象を持ったのではないかと思います。

 弁護士が同席して仕切っていたとはいえ、このような情報発信ができるのは、不祥事を起こした後の危機管理として十分だと考えます。本人が大学生という若者であることも考えると、立派な姿勢だといえるでしょう。

 これに対して、大学側の記者会見は、事実関係に関する数々の疑問について明確に説明したものとは言いがたく、監督とコーチがそれぞれ自分自身の責任を否定しているかのように聞こえるものでした。

 先に行われた選手の記者会見と対照的だったこともあって、視聴者が「再発防止に向けた取り組みが不十分」「危機管理ができていない」という印象を受けてもおかしくありません。

 大学側の記者会見は残念ながら、思惑とは裏腹に大学側の評価を落とす結果となってしまったと思われます。一旦落ちた評価を回復するためには、改めて事実を確認・認識し、再発防止に向けた明確なメッセージを発信することが必要でしょう。

 不祥事は、起こさないことが肝心ですが、実際に起こってしまった場合、その後の対応が重要です。対応のいかんでその後の明暗が分かれるといっても過言ではありません。

 今回の対照的な2つの記者会見は、企業や組織の不祥事対応のあり方にとって、非常に参考になるものが含まれていると感じます。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る