ボランティアに頼るときは
仕事として任せる
災害時におけるボランティアの役割は重要度を増している。避難所の開設・運営などで自治体の業務は一気に膨れ上がり、一方で、対応にあたれる職員数が圧倒的に不足する。ボランティアなしで災害対応は成り立たないといっても過言ではない。宇土市の元松茂樹市長は「ボランティアを手伝いと思ったら駄目で、仕事として任せるとしっかり伝えることが大切」だと強調していた。
ただ問題は、行政サービスを誰にどこまで任せるかだ。御船町では、県社会福祉協議会がボランティア活動の自粛を呼びかける中、素性のわからない民間団体にボランティアセンターを開設させて、町に批判が殺到した。
この点、「任せる」とは、似て非なるものではあるが、国際規格で「社会セキュリティのためのパートナーシップに関するガイドライン」というものがある。この規格では、他の組織とパートナーシップを結ぶ上で重視すべき点として、①コンプライアンス(法順守)、②説明責任、③公平性、④透明性とコミュニケーション、⑤力量という5つの原則を満たすべきとしている。
災害時に見知らぬ団体が来て、いきなりこれらを見極めることなどできるはずがないし、皆で議論をしている時間もない。これらは事前に評価しておくべきことである。特定のボランティアまで決めておけないとしても、どのような技能をもったボランティアに協力してもらうのか、どう透明性を確保するのかなど、平時から決めておけることはたくさんある。
「責任は私がとる」の
正しい責任のとり方
最後に、業務を任せた場合の責任のとり方について。首長の「最終的な責任は私がとる」という掛け声はこれまで何度も耳にしたが、具体的にどのような責任を考えているのか聞いたことはあまりない。辞める、減給する、謝るなど、さまざまな責任のとり方がある。しかし、平時と明らかに違うことは、いきなり辞められると、現場はますます混乱してしまうということだ。
一方、職員の多くが災害対応でもっとも懸念していることの1つが「お金」である。勝手に判断し、災害救助法が適用されなければ、その費用は自治体の持ち出しになる。嘉島町の荒木泰臣町長は、職員に対して「お金のことは気にせず、被災された皆さんがちゃんと生活ができるように十分な対応をするように」という明確な指示を出している。つまり、大きな費用が発生したとしても、職員の責任は問わないので、それぞれ現場の判断で被災住民のために行動をしろと指示をしたのだ。
責任という言葉を使う以上、その責任を明確にしなくては、任された職員は安心して仕事に打ち込むことができない。責任をとるということは、最低でも、任せた人が対応した状態以上にもっていくということだろう。そして責任まで問われないことについては、細かな口出しをすべきではなく、任せた職員を信じきることが必要だと思う。
(本稿は、検証メンバーとしてではなく、個人的な見解によるものです)
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