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WEDGE REPORT

2018年7月25日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

大使夫人はスパイ!?

 この事件での〝主役〟はごく普通の若い女性であり、第1次世界大戦中、当時の人気ダンサー、マタ・ハリがドイツの機密情報をフランスに渡していたケースや、やはり人気歌手、女優のジョセフィン・ベーカーが第2次大戦中、フランスのレジスタンスに協力していたといわれるケースとは趣を大いに異にしている。実のところ、摘発されたり、明るみにでたりするのは、普通の女性によるスパイ、諜報活動がほとんどだ。

 筆者のワシントン在勤当時のケースを紹介したい。

 イラク戦争終結後の2003年夏、あろうことか中央情報局(CIA)の女性工作員の身元がメディアにリークされた。〝被害〟にあった女性は、米国の元ガボン駐在大使の妻というから驚いた。レセプションで笑顔を振りまく外交界のスターがスパイ映画もどきの「裏の顔」を持っていたというので、米のメディアでセンセーショナルに報じられたのは当然だった。

 この女性は大学卒業直後にCIA入り、工作員として訓練を受けて、旧ソ連のカラシニコフ自動小銃の操作、文字を点のように縮小して伝える特殊技能、自動車爆破技術、銃撃戦の中での自動車運転などを習得した。協力者の獲得方法やスパイを見破る方法も学んだというから、まさに「007」の世界だ。

 当時40歳を超えたばかり。2人の子をもつブロンド美人は表向き、ボストンにあるエネルギー関係の会社の社員を装っていた。夫人を知る人たちは「子供をあやす母親以外のどんなイメージも浮かばない」「自動小銃などとても…」「政治のことなど決して話題にしなかった」と心底驚いた様子だった。

 この事件には因縁話がある。

 2003年春のイラク開戦に先だってブッシュ大統領(当時、2代目)がその年1月、一般教書演説で、同国が大量破壊兵器を開発している〝証拠〟をあげた。そのひとつが、ウランをニジェールから買い付けていたという指摘だ。前年行われた調査に派遣されたのが女性の夫、元駐ガボン米大使だったが、イラク戦終了後の2003年7月、「調査当時に否定したにもかかわらず、イラク攻撃を正当化するため、政権はこれを無視した」と批判した。

 腹を立てた政府高官が意趣返しのため、「大使の妻はCイアエージェント」とメディアにリークしたのが真相で、情報機関員の身元秘匿に関する法律に抵触するスキャンダルに発展した。妻がCIA要員だから調査を命じられただけで、能力はなかったと印象づけることがリークの目的で、情報漏洩源として、カール・ローブ大統領補佐官(当時)、アーミテージ国務副長官(同)らの名が出た。訴追には至らなかったが、チェイニー副大統領(同)のルイス・リビー首席補佐官が、これにからんで偽証などの罪で実刑判決を受けた。取材源について証言を拒否した米紙ニューヨーク・タイムズの女性記者が法廷侮辱罪で収監されるというおまけまでつき、実に後味の悪い事件だった。

 筆者の取材相手が訴追され、実際に政府文書が流出した事件もあった。ワシントン勤務時代の2004年秋、国務省の東アジア太平洋担当次官補代理、ドナルド・カイザー氏の姿をみかけなくなり、不審に思っていたところ、突然新聞に同氏が逮捕、起訴されたという記事が掲載された
FBI(連邦捜査局)が米連邦地裁に提出した宣誓供述書などによると、カイザー氏は、台湾国家安全局の33歳の女性情報機関員と親密な関係にあり、東京に出張した際、国務省の許可なく台北を訪れて女性工作員と密会していた。米国内でも頻繁に接触、04年5月末にニューヨークへ一緒に出かけたのをはじめ、FBIに文書授受の現場を押さえられるまでの間、6回にわたって食事をするなどしていた。文書に機密が含まれていたかは、はっきりしないが、カイザー氏は、相手が情報機関員だと知っていたという。

 この問題に関して、当時の国務省報道官は「捜査中」との見解を繰り返し、台湾の米国での窓口、駐米台北経済文化代表処も「台湾は米国との良好な関係を維持することを望んでいる」と述べるにとどまった。

 中国に対抗するためには、米国にとって台湾の存在は重要であり、台湾からみても米国との良好なコミュニケーションは欠かせない。友好的な関係にある米国、台湾双方の困惑ぶりが目に浮かぶようだったが、その関係に悪影響をもたらすことがなかったは幸いというほかはない。

 スパイの暗躍の舞台は、わが国ももちろん例外ではない。取り締まる法律が不備な日本こそは各国情報機関員にとって〝天国〟とよくいわれる。戦前のソ連スパイによるゾルゲ事件、戦後、昭和29年のラストボロフ事件(ソ連大使館員による情報収集)、昭和57年に発覚したレフチェンコ事件(ソ連週刊誌特派員による対日工作)などはよく知られている。

 しかし、日本の首相がターゲットにされていたとなると、穏やかではない。

 1997年、当時の橋本龍太郎首相が元中国人の女性(日本に帰化)と親密な関係にあったのではないかという疑惑が持ち上がった。この女性が情報収集などを行う「北京市公安局」に所属していたことから、スキャンダルめいた展開になった。

 橋本氏は、その20年近く前、厚相時代に訪中した際、この女性が先方の通訳をつとめたのがきっかけで知り合った。「苦労をかけたから食事などに招いたことはある」と接触の事実を認めたが、「情報機関員とは知らなかった」と説明した。

 両者の接触がどのようなものであったのかなどは不明だが、女性が天安門事件以後凍結されていたODA(政府開発援助)の解除などを働きかけたともいわれた。政府は1998年、野党議員の質問趣意書に対して、それを否定する答弁書を決定している。

 しかし、日本の安全保障にも関わる微妙な問題だっただけに、同盟国からの信用も失墜したのではないかという厳しい批判も少なくなかった。脇の甘い政治家には教訓となった
事件だった。

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