2022年12月8日(木)

WEDGE REPORT

2018年7月25日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

英政界揺るがしたハニー・トラップ

 〝ハニー・トラップ〟。「密の罠」とでも訳すのか、女性スパイがターゲットにした男性を性的に籠絡して情報を入手することを意味する。今回米国で逮捕されたブティナ容疑者、台湾女性諜報員、中国人女性通訳のケースはいずれもこの範疇に入るだろう。

 偵察衛星など情報戦でもITが主流となりつつあるが、情報を入手する側、される側、いずれも人間である以上、ハニー・トラップがいまなお、すたれずに効果をあげるのは当然だ。

 ハニー・トラップを語るうえで、ぜひ触れなければならない事件がある。1960年代の英国を舞台にした「プロヒューモ事件」がそれだ。

 東西冷戦が激しさを増していた61年7月、当時英国のハロルド・マクミラン政権(保守党)の陸相だったジョン・プロヒューモ氏が高級コールガール、クリスティーン・キーラー嬢とパーティーで知り合い、親密な関係を持った。キーラーがソ連大使の駐在武官の大佐とも親しいことを英国の諜報機関MI6が察知して内閣に通報。プロヒューモは当初、女性と面識があることは認めたものの、親密な関係は否定していた。

 しかし、下院で労働党が激しく追及、米国や西ドイツ(当時)など同盟国も懸念を強めるに至って、63年6月、辞任に追い込まれた。その際、女性との親密な関係について嘘をついていたことを認めたが、軍事機密の漏洩については否定した。

 キーラーが聞き出そうとしたのは、米国の核ミサイルの西ドイツ配備時期に関する情報だったといわれるが、陸相が実際に機密を漏洩したかは明らかではなかった。 

 英政界における「20世紀最大のスキャンダル」といわれた事件は、マクミラン首相の辞任(63年11月)、64年の総選挙での保守党敗北の遠因となった。 

 プロヒューモは当時43歳。マクミラン後継とも目されながら、恥辱の中で政界を去ることを余儀なくされた。その後はロンドンの貧民救済施設で働き、皿洗い、掃除から始めて浮浪者やアルコール中毒患者、外国からの貧しい移民らのため半生を捧げた。71年には施設を訪れたエリザベス女王からねぎらいの言葉をかけられ、大英帝国勲章も授与されて名誉を回復したというから人生はわからない。氏は2006年に亡くなった。

優秀なスパイ1人は10個師団に相当

 古今東西、スパイ、諜報活動についてはおびただしい数の書物、映画があり、いずれもスリリングな物語が喧伝されている。筆者が紹介したのは、自ら取材したり、報道を通じて知り得たりした程度の話であり、派手さには欠ける。しかし、いずれも実際の出来事だけに、やはりそれなりのドラマがある。

 危険を伴い報われることの少ない仕事ではあるが、成功すれば計り知れない利益を自国にもたらす。日露戦争当時、対露諜報活動で大活躍した明石元二郎陸軍大佐(後の大将)など、当時の陸軍幹部から「10個師団に相当する働き」との評価を得た。

 新聞の国際面には毎日、全世界に関するニュースが満載されている。これらに情報部員、諜報員が関与しているケースも少なくないはずだ。彼らの活躍、跳梁ぶりに思いを馳せながら読むと、記事の趣がいっそう増すだろう。 

  
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