From NY

2018年8月28日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

ニューヨーク、ボディガード様々

 有名人も多いニューヨークでは、VIPのボディガードを見かけるのはそれほど珍しいわけではない。

 もう20年ほども前、知り合いが勤めるマンハッタンの高級ヘアサロンで、当時まだモデルをしていたイヴァンカ・トランプ氏を見かけたことがあった。

 そのとき彼女に同行していたボディガードが、こう言っては何だが、まるでハリウッドのマフィア映画から抜け出てきたような人相の悪いチンピラ風の男だったのが、強烈な印象となって残っている。

 当時はまだトランプもそこまで嫌われ者ではなく、単なるキャラの強い一実業家だった。年頃の娘さんにこんな柄の悪い男をつけて、親として逆に心配ではないのだろうか、と驚いた。ホワイトハウス入りした現在は、彼女ももっとまともなGメンたちに護衛されているだろう。

 さてアナン氏のボディガードたちは、すっきりしたイケメン揃いだった。白人2人、黒人1人、アジア人1人と、国連のVIPに相応しくエスニック的にもバラエティに富んでいた。

お茶に誘ってみたものの…

 筆者は洗濯が終わるまで、結局このボディガードたちの前を何度も行ったり来たりすることになった。

 落ち着いてみたら一応こちらも物書きの身。俄然好奇心が湧いてきた。

 いったん家の中に戻り、少しましな服に着替えると、髪もちゃんと整えてから洗濯物を乾燥機に移動するために再び廊下に出た。

 4人のGメンたちは、さきほどから姿勢を崩さずに立っている。両手を軽く身体の正面で合わせて、小さな声でお互い会話をしているので、それほど緊張感が漂っているわけではない。だが明らかに「勤務中」の姿であった。

 もうご近所さんから聞いて事情はわかってますよ、という顔をしてこう話しかけてみた。

 「ミスター・アナンについていらしたんですね。長時間立ちっぱなしで、大変ですね。いつもずっと立っているんですか?」

 すると相手もちょっと気を緩めて笑顔を見せ、リーダーらしき白人男性がこうジョークで答えたのである。

 「親切なご近所さんがソファを貸してくださったら別ですけどね」

 「あら、ではうちにどうぞ。ドア開けておきますから、お茶でも一杯どうですか?」

 絶対誘いにのらないだろうと思いながらも、ダメもとでそう言ってみた。プロのボディガードとお茶飲み話など、想像しただけで楽しいではないか。

 「いえいえ、冗談です。でもご親切にありがとう」

 ボディガード氏はそう言って笑い、再び勤務中の顔に戻った。

 乾燥機が終わった頃に廊下に出てみると、ボディガードたちの姿が消えて、お隣のドアは閉まっていた。

 エクアさんとその一家は、それから間もなく引っ越していった。

  
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