「魚は動き回るので、福島で汚染された魚が他県で捕られているのでは」と消費者は心配します。そうした不安に答えるため、東北や茨城、千葉などでも水揚げされた魚について調査が行われていますが、規制値を超える結果は出ていません。魚は種類によって行動圏や行動距離がまったく異なり、沿岸部にいる魚の行動圏は概して狭いため、福島県沿岸部で汚染された魚が海流に乗り方々へ散らばって―というストーリーは、起こりにくいのです。サンマやカツオなど広域を回遊する魚については漁が始まる前に検査が行われることになっています。
「今後、食物連鎖による生物濃縮が起き、第二の水俣病に」、と煽る週刊誌もありますが、これは完全な間違い。前述したように放射性セシウムは自然界中に大量にあるカリウムと似た挙動を示します。海水中の放射性セシウムはカリウムと一緒に魚に取り込まれた後、鰓から吐き出され、排泄物としても体外に出されます。魚が体の中にセシウムを取り込んだとしても、海水の100倍程度しか濃縮しないとされています。
一方、水俣病の原因となったメチル水銀は、海水に含まれる濃度の数十万〜100万倍程度に魚の体の中で濃縮される、と報告されています。メチル水銀は、カリウムやセシウムとは性質がまったく異なり、有機化合物なので体の中の有機物に取り込まれやすいのです。したがって、水俣病との比較は、科学的にはナンセンスとしか言いようがありません。
ただし、川や湖でとれる淡水魚については、今後要注意。水産庁の公表データでも現在、もっとも放射性物質が検出されているのは淡水魚なのです。地面にフォールアウトした放射性物質が水に溶け川や湖に入り込んでいるとみられます。また、淡水魚は海水魚と異なり、一度取り込んだ放射性セシウムを排出しづらく、溜め込む性質があります。現在、福島県産の一部の魚種は採捕や出荷制限が講じられています。
除染報道が、風評被害を拡大している
もちろん、検査は全品に対して行われているわけではないので、検査の網の目をかいくぐり出回る食品がないとは言えません。しかし、都道府県や国、研究機関などがこれだけ多数の検査をしている結果は、尊重されてよいでしょう。ほかに検査を行っている生協や企業などに取材しても、異常なデータが出てきたという話は聞こえてきません。
結局、喧伝されている「放射能汚染を抜く食べ方」にはほとんど意味がないのです。なのに、除染を指南する。それこそが、風評被害を引き起こしている。私にはそう思えてなりません。なのに、どうしてこのような除染報道が続くのか? 消費者が歓迎し視聴率が上がったり週刊誌の販売部数が伸びるからこそ、メディアは報道するのですが、なぜ、消費者はそうした行動に走ってしまうのでしょうか?
一つには、国に対する不信があるためでしょう。どんなに検査結果が公表されていても、「これまでさんざん、発表が覆されたではないか?」という不信感が拭えず、検査結果を見ようともしない、という消費者やメディア関係者が多いように思えます。
もう一つは、マスメディアの報道のバイアスです。マスメディアは「暫定規制値を超えた」ということはニュースにしますが、検査をした結果、「規制値以下」「不検出」だったことについては、伝えません。報道においては、悪いことはニュースになりますが、安全な状態がわざわざ取り上げられることは少ないのです。そのために、市民は「悪いニュース」だけに接し、「危ない」と思い込んでしまっています。
さらに、消費者のリスク思考の欠如と、「なにかしていれば安心」という心理に、マスメディアが付け込んでいる面もあります。