2022年8月10日(水)

この熱き人々

2018年11月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 若い頃、正確にきっちり塗られた壁が美しい壁で、目と指先の感覚を研ぎ澄まし鏝さばきにわずかでも狂いがあってはならないと思って技術を磨いてきたという。それが日本の左官の最高の仕事だと思っていたから。ところがある日、「建築家の丸山欣也(きんや)先生に、自分の塗った壁を『きれいすぎるなあ』と言われたんです。要はカタイってことですよね。いきなり否定されたみたいだけど、確かに絶対正しいことを言われても、人間やしなあ……と素直になれないこともあるからね。何かもうひとつわかっていなかったことが、その一言でわかった気がしましたね」

 計算され尽くした無駄というか、すっと人の心を吸い込む入り口のような余白というか。それが、久住の作品が人々の心を惹きつけて土の世界へと誘うのかもしれない。

 「でもね、鏝を持つ腕がしびれ指に血がにじむくらい、ひたすら押さえ続けた滑らかな壁はきれいなんですよ。いろいろな人に、いろいろな左官の仕事を見てもらって、いつかそこをわかってほしいという気持ちはあります」

 かつて依頼された、ある寺院の巨大な壁。親方・久住が率いる左官株式会社の職人たちとともに朝から晩まで休まず塗り上げた壁の一部に、翌朝、職人だけが気づく程度の小さな色の違いが生じていたことがあったという。久住が、悩んだ末に親方として剝(は)がしてやりなおそうと決断した時、みんなはイヤな顔をしないばかりかうれしそうに苦労して塗った壁を剝がして塗り直したそうだ。そんな職人の反応が何よりもうれしかったと、久住は顔をほころばせた。   

くすみ なおき◉1972年、兵庫県生まれ。3歳から鏝を握り、18歳で本格的な修業に出る。23歳で独立。高度な技術と独自の感性で伝統建築の修復から現代建築の創作壁まで、国内外のさまざまな仕事を手掛ける。

石塚定人=写真

  
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◆「ひととき」2018年11月号より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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