この熱き人々

2019年1月24日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 一筋の明るい光を追う道とはいえ、その道程は真っ直ぐで平坦なものではない。辛うじて工業高校の機械科に進学したものの、1年は野球に夢中。指に怪我をして投げられなくなって、2年はレスリング。すぐに国体まで出場したそうだが、3年はボクシング。

 「大卒の初任給が1万円の時代に、1回試合すれば4000円。ケンカしてお金もらえるのはええなと思って、1カ月くらいでプロのライセンスを取った。4回戦くらいは勢いと体力と思いがあればいける。タイで試合をやることになって、ジムでは誰も行きたくないという。それなら自分が行ってみようかと手を挙げたんやけど、初めての外国にたったひとりの船旅、言葉も通じない。そりゃ気合が入る。何があっても誰も助けてくれないってこと、体中に沁み込んだ」

 人が尻込みすることに敢然と立ち向かう。安藤のその後の長い道のりを支えてきた決して諦めない底力と独立独歩の精神は、18歳までに肉体化されていたということだ。

 高校卒業後に建築家を目指すと決意したが、周囲は口を揃えて「大学の建築科を出てなきゃ無理」と言う。常識的に考えれば難しいかもしれないが、そもそも常識的という範疇(はんちゅう)に収まらないのが少年の頃からの安藤の真骨頂である。自分のやり方で突き進む。

 「高卒でも道はある。時間がかかって大変なだけ。建築関係の実務を7年経験すれば2級建築士の試験が受けられて、そこから4年で1級建築士が受けられる。どうしてもやりたいという意志があればできる」

 難しい建築関連の本も、人の倍の時間をかけて頭に叩き込む。教室で座る代わりに足と五感を駆使して、バイトの休みの日に日本中のあらゆる建築を見に行く。オリンピックに沸く東京で、丹下健三(たんげけんぞう)の建設中の国立代々木競技場を見た。力強く美しいコンクリートが強烈に印象に残った。安藤といえばコンクリートを直ちに連想するほどの特色は、この時の驚きの芽から発しているのだろうか。木造に慣れた多くの人は、コンクリートに冷たくて無機質なものを感じてしまう傾向がある。

 「コンクリートは世界中どこでも手に入る材料。日本人の自然観や技術を生かした日本にしかできない美しいコンクリートで、どこにもない建築をつくりたい。コンクリートやガラスや鉄を自然と融合させれば、温かさや人間性や精神性を持ちうることを証明したいと思った」

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