この熱き人々

2019年1月24日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 建築という仕事を通して社会に対して何ができるのか、人の心に何を残すことができるのかとずっと考えてきたという。いつも一歩前に進むために既成概念への挑戦を続けてきた安藤は、病を乗り越えてなお強烈なメッセージを発する一方、時代を映す建築の世界で生き抜いてきた建築家の目や知恵を駆使して積極的に社会の再生にかかわっていこうとしているように見える。

 この日安藤は、自らの建築作品である東大阪市の司馬遼太郎記念館と、旧淀川の中州・中之島に案内してくれた。中之島は江戸時代には米蔵が集中した「天下の台所」。明治以降は金融機関や商船会社が集まり経済繁栄を支え、今は大阪市中央公会堂や大阪市立東洋陶磁美術館がある文化の中心へと歴史を刻んできた。このエリアに「こども本の森 中之島」(仮称)を建設する構想を熱く語る安藤の目からは、闘いの厳しさではなく子供の未来を想うやさしさと温かさが感じられる。

 「子供の頃よく写生しに来たところ。川があって、歴史があって、そんな場所で子供が本に親しめたらええなと思う。近頃の子は本を読まないと言われているけど、僕も本がない環境で育って、もっと本を読んでいたらと思うから」

 その思いを込めた設計図と模型を準備し、土地を所有する大阪市に自ら説明に行った。建設費や5年間の運営費も企業からの資金協力を得るなどして負担し市に寄贈するという。

 「頼まれもしないのにようやるわ」と笑う安藤に、反骨精神も含めて自らを育ててくれた大阪への限りない愛着が感じられる。何の実績もない時代に、「面白いやっちゃ」と目をかけ支えてくれたたくさんの人と、この町で出会えた。この場所の記憶が、安藤の中核を形作っているからこそ、子供たちに大阪の誇りを手渡したい。

 「ここにしかない面白い建物、地域社会をつくれたら、大阪を東京からも世界中からも人々が集まる魅力あふれる都市にできるかもしれんと夢見てる」

 

 帰り際、小さな青いリンゴの置物をもらった。そういえば事務所にも大きな青いリンゴが飾ってあった。

 「若い頃、サミュエル・ウルマンの青春の詩と一緒に、サントリー元会長の佐治敬三(さじけいぞう)さんにこう言われました。お前は面白い人間やから可能な限り青春を走れって。リンゴは青なかったらいかん。立派に赤く熟したら食べられてしまうか落ちるだけ。目標と希望があれば、何歳になっても青春です」

 1941年生まれの青春真っ只中。「まだまだやで」という声が、もらった小さなリンゴの中から毎日聞こえてくるのである。  

南谷真鈴(みなみやまりん)。21歳。早稲田大学政治経済学部2年。ウエービーなロングヘアにコーラルピンクのウインドブレーカーのスポーティーな装いが、都心の公園の緑に華やかに映える。この若い女性が、日本人最年少の19歳でエベレスト登頂に成功し、その2カ月後に日本人最年少、女性では世界最年少で7大陸最高峰登頂も達成、さらに南極点、北極点到達を加えた探険家グランドスラムを世界最年少の20歳で達成したと聞いたら、道行く人はどんな反応を示すのだろうか……。偉業を知っていてさえ、記録達成までの過酷さと目の前の都会的な雰囲気の漂う女子大生の間の落差を乗り越えないと、南谷真鈴の像が結べないよ
あんどう ただお◉1941年、兵庫県生まれ。79年、「住吉の長屋」で日本建築学会賞受賞。以降、国内外で多くの建築を手掛け、受賞多数。代表作に「光の教会」「地中美術館」「表参道ヒルズ」などがある。アメリカの複数の大学で客員教授を務め、97年から東京大学教授、現在は同大学特別栄誉教授。

阿部吉泰=写真

  
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◆「ひととき」2019年1月号より

 

 

 

 

 

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