「浜の規律が乱れる」 漁協は大反対
この県の構想に対して、県漁協の船渡隆平専務は、「漁業権を手放すことは絶対にありえない。我々の既得権だ」と真っ向から反対の構えだ。「漁業者と組むと言っても、民間が参入すれば、我々がずっと守ってきた浜の文化や規律が乱れてしまう。企業のもとでサラリーマンになることも到底、受け入れられない。だいたいサラリーマンになれば、天候が悪く海が時化たときに誰が命を懸けて漁に出るのか」。
かつて大手水産会社が宮城県内でギンザケの養殖に関わったことがある。この会社は、漁業者らに稚魚の供給、成魚の販売などを約束。これをあてにして漁業者が設備投資を行ったところ、ギンザケの輸入急増で価格が低落し、会社は撤退してしまったのだという。
「民間企業はうまくいかなければすぐに撤退してしまう。ギンザケの時も多額の借金が残り、廃業を余儀なくされた漁業者が少なくなかった。あの時の轍を踏みたくない」。
取材中、「こんな考え方は古いか?」と小誌記者に問い返してきた船渡専務。「でも我々はこうやって漁業を守ってきたのです」と力説した。
特区構想の真のねらいは
これに対し、村井知事は、「民間企業の参入を促すのは、復興財源の確保だけがねらいではない」と特区構想について説明する。「漁業が直面する危機的な状況を打開するための糸口をつくることが本当のねらいなのです。震災前から『このままでは水産業が徐々に衰退していくのは避けられない。なんとかせねば』との危機感があったものの、『今日、明日の問題ではない』と思っていました。しかし、震災で拍車がかかったこの状況をみて、改革は避けては通れないと考えるに至ったのです」。
村井知事が言うとおり、日本の漁業の現状は危機的だ。60年前には100万人を上回った漁業者の数はいまや20万人ほど。いまも歯止めがかからない。宮城県でも03年からの5年間で全体の15%にあたる1700人近くが減った。
高齢化も深刻だ。宮城県の場合、漁業者全体のうち、60歳以上は全体の46%あまり。20歳代はわずか5%未満だ。全国で後継者がいる漁業者は5人に1人もいない。
漁業者が減れば1人あたりの所得が増えるのではないかと思うが、宮城県や岩手県で私たちが取材した漁業者は、「経営は厳しくなる一方」と口をそろえる。その理由は漁獲量の減少にある。全国でピークだった84年に1150万トンに上った漁獲量は、09年にはわずか415万トンまで落ち込んでいる。宮城県でも現在の漁獲量はピーク時の3分の1しかない。
200カイリ規制で外国水域から締め出された遠洋漁業だけでなく、沖合漁業や沿岸漁業でも減少は顕著だ。ピーク時には227万トンあった全国の沿岸漁業の漁獲量は、09年には129万トンまで下がっている。レジーム・シフトと呼ばれる海洋生物資源の変動で魚の分布や生息数が変化したこともあるが、乱獲による資源そのものの減少が原因だ。
ジリ貧なのは養殖業も同じだ。ピーク時に138万トンあったのが、120万トンと減少している。ノルウェーやチリなどの漁業先進国が規模拡大と効率化で生産量を急速に伸ばしていることと比べると日本の低迷ぶりは際立つ。