ロシアからバルト海経由で天然ガスを直接ドイツに送るパイプライン「ノルド・ストリーム2」計画は、欧州のロシアに対するエネルギー依存を高め、ロシアの欧州に対する政治的影響を強める結果になるとして、米国はこれに強く反対しており、EU内でも懸念が高まっている。欧州議会は、計画について「欧州のエネルギー安全保障の脅威となる政治的プロジェクトである」と非難する決議を採択した。これに対し、ドイツは、同計画を推進する強い立場を一貫して維持している。こうした中、2月13日EUは、「ガス指令」を改正し域外の第三国と加盟国とを結ぶパイプラインにも適用できるようにする案に、暫定的に合意した。
事態が大きく動いたのは、2月7日である。フランス外務省は突如として、2017年11月に欧州委員会が提案したガス指令の改正に賛成すると表明したのである。この指令はEUと域外を繋ぐパイプラインにも第三者アクセス、料金、パイプラインの所有とガス供給の分離、透明性に係わる原則を適用しようとするものである。ドイツは、プロジェクトを頓挫させるかも知れないこの改正に反対で、EU内で必要な数の反対票を確保すべく強烈なロビー活動を行って来たとされる。ドイツの側に立つ加盟国はオランダ、ベルギー、オーストリアなどプロジェクトの恩恵を得る国のようであるが、フランスが改正に賛成するとなると、必要な数の反対票が集まらないことになる。
ところが、翌2月8日、これまた突然、フランスとドイツの妥協が成立した。その内容は、ガス指令の適用に当たっては、域外からのパイプラインが到達する地点のEUの国(ノルド・ストリーム2の場合はドイツ)が欧州委員会の監視の下において、このルールとその例外の適用に責任を持つ、ということのようである。つまり、ノルド・ストリーム2をガス指令との関係でどのように扱うかについてドイツが裁量権(どの程度の裁量権は良く判らない)を持つということである。今後、ガスプロムがノルド・ストリーム2の所有の形態を手直しすることを強いられたりすることがあるかは不明であるが、プロジェクトが大きく遅れたり頓挫することはないであろう。ガス指令の改正は今後理事会と欧州議会の承認を要するが、改正が成立しないことがあるとしても、ドイツにとっては、むしろ、それに越したことはない。
フィナンシャル・タイムズ紙の2月14日付け社説‘Nord Stream 2 marks a failure for EU energy policy’は、「フランスとドイツの妥協に基づく今回の合意はEUのエネルギー政策の挫折」として強く非難している。ノルド・ストリーム2を有害無益のプロジェクトと見る立場からはそういう結論になるであろう。その立場は解るが、ドイツの意向を無視してもプロジェクトを潰せた筈だとまで言うのは無理があると思われる。
米国は、ノルド・ストリーム2に関わる企業への制裁をも示唆して、プロジェクトの中止を強硬に迫ってきた。欧州委員会は、今回のガス指令の改正によって米国が制裁を不要と考えるよう期待しているとの報道があるが、ガス指令の改正が計画を止めるに至ると考えられない以上、そのように期待する根拠はないように思われる。ポンペオ米国務長官は2月12日、ワルシャワの記者会見で米国による制裁の可能性について問われて、「エネルギーに関しては欧州の安全保障を確保するため米国はその権限で出来ることをやるつもりだ」と述べている。米独間の対立はますます深まっている。2月15-17日に開催されたミュンヘン安全保障会議では、ペンス副大統領は「東側に依存することで西側諸国を強化することはできない」「計画に反対している国々を称賛する。他の国にも同じ行動を要求する」などと述べ、メルケル首相は「ロシアがエネルギー供給国として信頼性を欠くと決めつけるのは妥当でない」などと述べた。
他方、ノルド・ストリーム2をめぐっては、独仏間の複雑な関係にも焦点が当たる結果となった。2月7日、米国のグレネル駐独大使、サンズ駐デンマーク大使、ソンドランド駐EU大使が連名で、ノルド・ストリーム2計画に反対し中止を求める論説をドイツの公共放送Deutsche Welleのウェブサイトに寄稿したが、その直後というタイミングでフランスがガス指令改正への賛成を表明したことは、ドイツに衝撃を与えた。妥協が成立し、ひとまず独仏関係の危機は回避されたが、1月22日に協力推進を謳った「アーヘン条約」を締結したばかりの両国関係がぎくしゃくしたものであることが露呈した。
対ロシアをめぐり結束を強めるべきNATOとEUであるが、ノルド・ストリーム2の問題一つだけとってみても、いくつもの深刻な対立と混乱を孕んでいることが分かる。
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