2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年4月23日

 3月27日、インドのモディ首相はテレビ演説をして、人工衛星破壊実験に成功したと発表した。高度約300キロに位置していた、インドの衛星をミサイルで撃墜したとのことである。

(Madmaxer/Daniil Chaban/Daria_Serdtseva/iStock)

 この実験成功の発表をめぐっては、政治的な意図が指摘されている。つまり、4月から5月にかけて行われる総選挙において苦戦を強いられている与党インド人民党(BJP)への支持を取り戻そうということである。安全保障関連で支持率を回復したのは、直近に前例がある。2月にパキスタンによるカシミール地方における自爆テロに対し、インド空軍による空爆を含む強い対応をしたところ、支持率が回復した。ただ、その後、再び支持率は停滞し、モディの再選を危ぶむ声すら上がっていたようである。モディが人気挽回の起死回生の手段として、人工衛星破壊実験の成功を最大限政治的に利用しようとしたとしても不思議ではない。

 しかし、インドによる人工衛星破壊実験成功の意義は、何と言っても戦略的な面が第一である。ミサイルによる人工衛星破壊実験の成功は、米、ロシア、中国に次ぎ、世界で4番目である。それは、インドの宇宙計画が着実に前進していることを示すものである。今回の実験成功には、1974年のインドの最初の核実験の成功にも匹敵するものであるとの評価もあるが、それは、あながち誇張とは言えない。

 人工衛星は、一般的な観測、通信、放送に使われるほかに、軍事目的のリモートセンシング衛星や通信衛星があり、衛星攻撃兵器としての衛星もあって、軍事目的に使われるものが多い。従って、人工衛星破壊は軍事的意味合いの大きいものである。

 インドの人工衛星破壊実験の戦略的意味は、特に中国とパキスタンに対して大きいと言えよう。中国は2007年に弾道ミサイルによる衛星破壊の実験に成功しているが、核実験同様、インドは中国の後を追い、追いつこうとしている。

 パキスタンもインドのライバルであるが、パキスタンは昨年、中国の支援を受けリモートセンシング衛星を打ち上げており、インドがこの衛星を将来ターゲットとして考える可能性がある。

 振り返ってみると、中国は初めて衛星破壊実験に成功した2007年の後、2010年の中国軍内部の文書で「制天権」(宇宙空間での優位)の確保を唱え始め、今や中国が「制天権」の確保を目指していることは常識と言ってよい。米国の各種戦略文書なども指摘し、米国が「宇宙軍」の創設を決定したことが端的に示す通り、宇宙空間はサイバー空間と並び、極めて重要な戦域である。インドは、1975年の最初の人工衛星打ち上げ以来、1984年にはロシアとの有人宇宙ミッションに参加し、2013年には火星探査機を打ち上げ、昨年12月にはこれまでで最大の通信衛星を打ち上げるなど、着実に「宇宙大国」に向けての道を歩んでいる。インドにとり今回の人工衛星破壊実験が一つの大きな画期となることは間違いないであろう。ただ、インドの人工衛星破壊能力が実戦上の意味を持ってくるのはまだ先の話であり、中国やパキスタンに対する戦略的意味も将来のことであると思われる。

  
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