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国際

2019年7月2日

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川瀬剛志 (かわせ・つよし)

上智大学法学部教授

上智大学法学部教授。専門は国際経済法。慶應義塾大学法学部卒業、ジョージタウン大学法科大学院修士。経済産業研究所ファカルティ・フェローも務める。著書に『WTO紛争解決手続における履行制度』『地球温暖化対策と国際貿易-排出量取引と国境調整措置をめぐる経済学・法学的分析-』(ともに共編著)。

〝同床異夢〟な「信頼性のある自由なデータ流通」

 首相が提唱する「信頼性のある自由なデータ流通(data free flow with trust)」の下、WTOデジタル貿易交渉の作業計画の重要性を確認した(パラ11)。G20にはインドや南アフリカなどWTOデジタル貿易有志国会合に不参加の国もある中、G20全体の総意としてこのようなメッセージが出せたことは評価すべきだろう。

 しかしその実、米中EUの主要三極でさえ、デジタル貿易ルールへのスタンスは全く異なる。米国は、データ越境移動の自由を原則とし、プライバシー等を含む非経済的な理由に基づく規制を例外として位置付けるGATT型のルールを指向している。このことは、もともと米国主導で作成したCPTPP、そしてNAFTA後継のUSMCAそれぞれのデジタル貿易章からも明白であろう。他方、EUはデータ越境移動の自由をあくまでGDPRが保証する個人データのプライバシー保護の先にあるものとして位置付ける。中国は主に産業政策目的でデータローカリゼーションによる13億人分のビッグデータを抱え込み、他方で国内では民間企業が抱えるデータの対政府開示義務を課している。米国にとっては、中国のサイバー剽窃への対応も問題だろう。

 このような状況で、「信頼性のある自由なデータ流通」は、「信頼性」と「自由」のどちらを重視するかを各メンバー国に任せ(米国は「自由」を、中・EUは「信頼性」をそれぞれ重視)、「信頼性」の中身も曖昧かつ多義的にすることで(EUは個人の視点、中国は国家の視点)、最大限G20メンバーの支持を得ることに成功した。他方、曖昧・多義的であるがゆえに、「信頼性のある自由なデータ流通」の「同床」の中で各国が「異夢」を見る状況は、依然として変わっていない。28日の「デジタル経済に関する首脳特別イベント」では2020年6月の第12回WTO閣僚会議に向けた実質的な議論進捗の努力が表明されたが、これを敢えてゴールと銘打たなかったのはこうした現状ゆえであろう。

 なお、今回安倍首相は「大阪トラック」の立ち上げを提唱し、2019年7月には初回会合が予定されている。そのマンデートの詳細は明らかではないが、WTOにおける実質的な議論に対してこのフォーラムがどのような役割を担うのかが注目される。

 WTO紛争解決手続の改正

 今回筆者が最も注目したのはこの点である。米国は、判例を通じた権限のないルール形成を行なっている、協定で定められた上訴審の期限を常習的に徒過している、あるいは協定上の根拠なく自らの判断に先例拘束力を持たせている等の理由で、WTO上級委員会を強く批判し(“overreach”と言われる)、2017年7月以降上級委員の欠員任命を阻止してきた(トランプ政権による上級委員会批判については、本サイトの岡崎研究所「トランプ政権はWTOを潰す気か?」に詳しい)。この結果、上級委員は2019年12月を迎えると1名に減少し(案件の審理に最低3名必要)、上級委員会は機能不全に陥る。今回の大阪は、G20としてはそのタイミングで何らかの合意形成、あるいはメッセージを発することができる最後のチャンスだった。

 2018秋来EUをはじめ有志国がこうした事態を打開すべくWTOに改正案を提出しているが、米国はこれに無反応に近く、要求事項さえ明らかにしていない。今回、首脳声明には「WTO 加盟国によって交渉されたルールに整合的な紛争解決制度の機能に関して、行動が必要であることに合意する」(パラ8)と明記されているが、貿易・デジタル大臣会合に際して、世耕経産相の説得によってライトハイザー通商代表が同様の一節を閣僚声明(パラ63)に挿入することに同意したという(日経6月25日朝刊5面)。しかし、この文言自体はこれまで米国がWTOで繰り返し発言してきた基本線、すなわち1995年に合意した現行のWTO紛争解決了解を遵守すべし、と全く同旨であり、議長国であり同盟国である日本の顔を立て、譲歩しても米国には痛みのない範囲にとどまる。よって、これを米国が実質的な議論に応じる兆候と理解するのは早計だろう。

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