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国際

2019年7月2日

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川瀬剛志 (かわせ・つよし)

上智大学法学部教授

上智大学法学部教授。専門は国際経済法。慶應義塾大学法学部卒業、ジョージタウン大学法科大学院修士。経済産業研究所ファカルティ・フェローも務める。著書に『WTO紛争解決手続における履行制度』『地球温暖化対策と国際貿易-排出量取引と国境調整措置をめぐる経済学・法学的分析-』(ともに共編著)。

 上級委員の欠員によって当面WTO紛争解決手続が機能不全であることは、米国にとって好都合である。対中301条措置や鉄鋼・アルミ製品に対する232条関税引き上げなど、米国はトランプ政権が導入した措置について数多くWTO提訴を受けているからだ。特に232条措置については、2019年4月にロシア・貨物通過事件パネルが示した安全保障例外(GATT21条)の解釈では、協定違反が認定される可能性が高い。来年の再選に向けて選挙戦のスタートを切ったトランプ大統領にとって、こうしたリスクを取って譲歩するインセンティブは、目下のところ低いと見るべきだろう。

 取り上げられなかった途上国ステータス

 首脳声明には「世界貿易機関(WTO)の機能を改善するため,必要な WTO 改革への支持を再確認する」(パラ8)とあり、詳細は貿易・テジタル閣僚声明で言及されているが、具体的項目では、既に述べたデジタル貿易(パラ58–59, 61)を除けば、透明性・通報(パラ55)、通常委員会・機関の活性化(パラ56)、漁業補助金交渉(パラ57)に触れられている。漁業補助金については既に交渉が進行しており、G20内部でも相当にスタンスの違いがあるも、声明は交渉への支持を表明するのみで方向性を明確にしていない。透明性・通報の改善については、2018年9月に日米EUにG20ではアルゼンチンが参加して共同提案を提出しており、委員会等の活性化と並び、さほど目立った対立点ではない。

 産業補助金の規律強化(貿易・テジタル閣僚声明パラ46)については、未だ三極貿易大臣会合や米中協議などWTO外で検討の段階だが、やがてWTO改革の枠組みに流れ込む問題になるだろう。この問題は「中国製造2025」によるハイテク産業育成や鉄鋼過剰生産能力問題に関連して米中協議でもクローズアップされており、中国には機微な問題である。しかし貿易・デジタル閣僚声明では、米国に厳しい内容とのバランスで、国名を特定しないことを条件に中国が言及を受け入れたとされる(前掲日経)。もっとも、2019年4月の中EU首脳合意および一帯一路首脳級会議における習近平主席の演説からも、少なくとも一般論としては、既に中国は産業補助金の規律強化を一定程度受け入れる用意があることは明らかであった。この記述もその域を出るものではないだろう。

 他方、取り上げられなかった課題として、WTO改革では途上国ステータスの問題が重要である。WTO協定上途上国は特恵関税の享受や協定上の義務の軽減等、一定の優遇を得ることができる。この途上国ステータスを巡っては、米国は特にインド、中国を念頭に、現在は自己判断によるところを客観的基準による決定に移行するよう提案しており、両国から強い反発を受けている。特にインドとの関係では、米国は今月に入り特恵関税の適用を終了し、これに反発したインドは対抗措置として米国製品への関税引き上げに踏み切った。この問題もまた保護主義の問題と同様にメンバー国間の意見の乖離が甚だしいことは確かだが、先進国・新興経済国が一堂に会するこのG20のフォーラムでこそ論じるべき課題であろう。

 このように、今回のG20では貿易・デジタル閣僚声明、首脳声明と、一定の成果が見られた一方、国際通商システムを取り巻く厳しい状況の解決に向けて今後の国際交渉活性化のきっかけとするには、若干物足りない結果となった。これも今回の結果が米中双方に配慮した「苦肉の首脳宣言」(日経6月30日朝刊3面)となったがゆえであろう。議長会見の最後に安倍首相は「日本も11月末まで議長国として、その後も2020年のリヤドサミットの成功に向けて全面的に協力していきます」と結んでいる。G20の場に限らず、WTOの再建には、今後も多角的貿易体制重視の伝統を持つ我が国ならではリーダーシップが期待される。

  
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