日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2019年7月13日

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早川友久 (はやかわ・ともひさ)

李登輝 元台湾総統 秘書

1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

李登輝が大切にする「公」の精神

 ここで、その台湾民主化を進めた「張本人」たる李登輝の考えを紹介したい。2014年に「ヒマワリ学生運動」が勃発したとき、私もそばにいて逐一経緯を見守ってきた。日本時代に徹底的な日本精神を身につけ「日本人が理想とした日本人になろうとした」李登輝は、「公」と「私」を厳格に峻別していたが、自身が総統を退任しても、台湾の人々、とくに若者たちが「公」のために尽くすことを大いに称賛してきた。

 2014年3月18日、サービス貿易協定の密室協議に抗議した学生を中心とする若者たちは立法院を占拠した。そして、3月30日には、総統府前でサービス貿易協定締結反対のデモを行った。台湾の歴史上例をみない50万人(主催者発表)という人々が総統府前広場を埋めたのである。

 実はこの日のデモ実施を聞くや、李登輝も「私も参加する」と言い出したことがあった。その気持も分かるものの、ただ、当時は体調が万全ではなかった。そのため、二人の娘と孫娘に「まだ風邪が完全に治ってないでしょう。そのかわり私たちが行くから」と諭され、思いとどまったという経緯があったのだ。体調が悪いのは承知のことながら、「公」のために尽くす人々を見て、自分も居ても立ってもいられなかったのだと思う。

 当時、李登輝はこんなことを言っていた。このヒマワリ学生運動は「国民こそが国家の主人であり、台湾の未来は台湾人によって決めれるものだということを若者たちが実践躬行で示した。彼らは台湾の誇りだ」と。

 台湾の民主化が始まって20年以上。ヒマワリ学生運動からも5年が経った。台湾の民主化を守り、かつ台湾が中国とは別個の存在として自由と繁栄を謳歌するならば、いま一度、李登輝が身につけていた「公」の精神を取り戻すべきだろう。

連載:日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

早川友久(李登輝 元台湾総統 秘書)
1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

  
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