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2020年1月3日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年東京生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末で退社、独立。現在、経済政策を中心に政・財・官を幅広く取材、各種メディアに執筆するほか、講演やテレビ出演、勉強会の主宰など幅広く活躍している。オフィシャルHP(http://isoyamatomoyuki.com/)

著書に『2022年、「働き方」はこうなる』(PHPビジネス新書)、『理と情の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP)、『国際会計基準戦争 完結編』(日系BP)、『ブランド王国スイスの秘密』(日経BP)など。共著に『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』(平凡社)、『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

早稲田大学政治経済学術院(大学院)非常勤講師、上智大学非常勤講師。ボーイスカウト日本連盟理事。静岡県ふじのくにづくりリーディングアドバイザーも務める。

日経ビジネスオンライン(日経BP)、現代ビジネス(講談社)、フォーサイト(新潮社)、月刊 WEDGE(ウェッジ)、月刊 エルネオス(エルネオス出版)、フジサンケイビジネスアイ(産経新聞社)などに連載コラムなどを持ち、定期執筆している。

昔ながらの3階建ての建屋が川沿いに並ぶ
(写真・湯澤 毅、以下同)

 文豪・志賀直哉の「城(き)の崎(さき)にて」で知られる兵庫県豊岡市の城崎温泉には、一風変わった「おきて」がある。

 それぞれの旅館やホテルにある温泉の浴槽の大きさが一定の広さ以下に制限されているのだ。

 旅行客は温泉宿の湯に入るのではなく、もっぱら浴衣(ゆかた)、に着替えて手ぬぐいを持ち、温泉街に7つある「外湯」へと出かけていく。たいがいの旅館がフロントでバーコードの付いたカードを渡し、客は外湯の入り口でそれをかざして無料で入浴する仕組みだ。

 川沿いに柳の木が植わり木造3階建ての旅館が並ぶ温泉街を、浴衣でそぞろ歩くのは何とも情緒がある。最近は欧米を中心に外国人観光客の間で大人気の観光スポットになっている。

外国人観光客も浴衣を着て温泉巡りを楽しむ

 実は、浴槽制限には昔からの城崎温泉の哲学が隠されている。「まち全体がひとつの旅館」という考え方だ。それぞれの旅館は「客室」で、駅が「玄関」、道は「廊下」、土産物屋は「売店」で、外湯が「大浴場」。スナックやバーもまちなかに並ぶ。

 有名温泉地の大ホテルによくある、スナックやカラオケからラーメン屋まで館内にそろっているというスタイルとはまったく逆なのだ。温泉街全体が豊かになり、まちとして活気にあふれることで、皆が潤う。そんな「共存共栄」が基本になっている。

 このコンセプト、昨日今日に始まったものではない。大正14年、1925年5月に発生した北但(ほくたん)大震災によって、城崎の温泉街は完全に破壊され、発生した大火によって、ことごとく焼失した。当時の温泉旅館の主(あるじ)たちは、街路を整備し、元の木造建ての旅館を再建すると共に、共存共栄のルールを決めたのだ。今も、まちなかには「共栄なくして共存なし」といったキャッチフレーズが貼られている。

 そんな城崎のコンセプトが、ここへ来て新たな花を開き始めている。まちなかに新しいお店が次々とオープンしているのだ。老舗旅館を継いだ若手経営者を中心に、自分たちのまちに「再投資」するようになっている、というのだ。大きなきっかけは、外国人旅行者の急増だ。世界の観光地としてどう城崎温泉を磨いていくのか。そう考える経営者が増えているという。

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