2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2012年3月26日

 大きな後ろ盾となったのは、農協など窓口となる組織だ。助川氏のトマトは農協経由の市場出荷がメインのため、すべて農協に委託。一方、加茂農産は、農協経由と直接の市場出荷が半々。後者の賠償金の請求は、福島県きのこ振興センターという組織が窓口になってくれたという。「もし個人で請求することになったら、提出書類の多さなどで、挫折していたかもしれません」と加茂氏は話す。

 実際、野菜の直販を行っている助川氏の知人は、現時点で、賠償金が支払われた形跡はないという。この事実を見ると、1999年のJCO臨界事故の際にも、多く言われたことだが、大きな組織(東電)に立ち向かうには、窓口になる組織の存在がいかに重要であるかを、改めて感じさせる。

補償の見通しが不透明

ナメコなどキノコ類の風評被害はいまだ続いている

 とりあえず無事に支払われたことで、私が「良かったですね」と言うと、加茂氏は「重要なのは、これからの補償なんです」と話し、助川氏は「補償に依存はしたくないが、事故以前の状態になるまでの補償がどうなるかが大事なんです」と言った。

 現時点で、東電や国から「風評被害が続くまで補償は行う」という明確なアナウンスはない。加茂氏は「いつ補償が打ち切られるか分からないため、何の手も打つことができないでいる」と嘆く。

 「父が創業して30年が経ち、そろそろ設備を切り替えていこうと考えていたのですが、この状況が続くなか、補償が打ち切られたら、いわきでのナメコ栽培が経営的に成り立たなくなり、県外への移転も視野に入れないといけません。でも、補償が打ち切りになる可能性がある以上、資金をねん出するのはあまりに危険で、踏み切れない状況なんです」

 東電が3月9日時点で、支払った賠償金は4455億円。助川氏は「東電だって、いつまでも補償が支払える体力はないはずです。それだけにみんな不安なんですよ」と言った。

 加茂農産は、今、直接の市場出荷を取りやめ、すべて農協経由に切り替えた。

 「当初、損害請求は農協と福島県きのこ振興センターの二本立てで請求していましたが、その煩雑さ、また確実性を考え、暫定的にすべて農協経由出荷に変えたんです」

 この行動には、少しでもリスクを軽減しようとする、必死の思いが伝わってくる。

風評被害の払拭と「補償の今後」を明確に

 いわき市の農業振興課の荒木学氏は「いわき産と他県産の同じ野菜が同じ値段で売られているとき、いわき産の野菜を選んでもらえるのがゴール」と話す。

 「『関東以北の野菜は、絶対に嫌だ』という方は、自分のポリシーを貫いてるわけですから仕方がありません。でも、多くの方は『よく分からないから避けている』という認識だと思うんです。そうした方々に、安全である根拠(数字など)を提示し、地道にいわきの野菜を選んでもらえるように努力を重ねることが、結局は、いわきの農業を復興させる一番の近道だと思っています」(荒木氏)

 助川氏と加茂氏は、いわき市の若手農家が集まる「いわき農業青年クラブ連絡協議会」のメンバーだ。震災後、みんなで協力し合いイベントなどを開催し、いわきの農産物を盛り上げるべく活動を続けている。その活動が実を結ぶには、ナメコの実情を見ればわかるように、まだ時間がかかる。

 このままでは、途中で離脱してしまう農家が必ず出てきてしまう。何の責任もない農家が地に足をつけて農業に取り組めるように、東電や国は一日でも早く風評被害の払拭と「補償の今後」を明確化する義務がある。もし継続的な補償が不可能であるならば、そのことをしっかりアナウンスしなくてはいけない。そうすれば農家は「県外への移転」といった決断を早く下して、新しい一歩を踏み出すことができる。今のような不透明な状態は、原発事故で苦しむ農家にとって“害”あるのみなのである。

修正履歴
2ページ目冒頭部分「いわき市三戸の肉用牛農家が、放射性セシウムを含む新潟県産稲わらを肉牛に給与していたことが判明。」は、「いわき市三戸の肉用牛農家が、放射性セシウムを含む宮城県産稲わらを肉牛に給与していたことが判明。」の間違いでした。お詫びして訂正申し上げます。該当箇所は修正済みです。〔2012年3月29日17時47分〕

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