古くは縄文時代から使われていたという記録がある日本古来の塗料である漆の栽培が、神社仏閣など文化財の修復需要により、蘇ろうとしている。日本国内での漆の栽培、塗料としての漆生産は、この十数年、中国産の安いものに押されて激減したが、文化庁が文化財修復に使用する漆の国産化を原則とする方針を掲げたことから、岩手、茨城、京都、奈良県などで復活の動きが出てきている。
文化庁が通達
現在、国産、海外産を含めた漆の全体消費量は年間約44㌧(2016年)、そのうち9割以上が漆器用に使われ、文化財修復用は数%程度。漆器用は価格の安い中国産に押されているが、文化庁が15年に国宝、重要文化財の修復は国産100%の漆を使うのが望ましいという通達を出した。同庁によると文化財の修復に必要な漆は年間2.2㌧必要と試算しているが、国産の漆の生産量は1.2~1.4㌧しかなく、国産の漆は大幅に不足している状態。
このため同庁の文化資源活用課は、国宝や重要文化財などの文化財建造物を修理し、後世に伝えていくために、漆や檜皮(ひわだ)などの資材の確保と、これに関する技能者を育成することが必要だとして、文化財建造物の修理に必要な資材のモデル供給林及び研修林となる「ふるさと文化財の森」を設定した。この中で漆については、日本古来の伝統である漆の栽培と漆の幹から樹液を取る漆搔き職人の保護、育成を行うため、岩手県二戸市浄法寺、山形市、京都府福知山市など6カ所が「ふるさと文化財の森」の漆林として指定を受けている。
市を挙げて職人を養成
国内生産量の7割を占める岩手県二戸市が最大の生産地で、浄法寺(じょうぼうじ)地区で漆が栽培されている。この漆は、世界遺産の中尊寺金色堂(岩手県)や日光東照宮(栃木県)、金閣寺(京都府)などに使われてきたが、近年は需要の減少や後継者不足により職人の数が減ったこともあって生産量が減少していた。
しかし、文化庁の通達が出たことをきっかけにして市を挙げて増産の機運が高まりだした。この数年は徐々に漆の生産量が上向いて昨年は1.25㌧にまで回復した。生産した荒漆の卸価格は1㌔5万2000円。これを精製して顔料を加えて文化財に塗る塗料ができる。
漆を伝統産業として発展させたい二戸市漆産業課は「将来的には2㌧まで増やし、漆搔き職人の数も現在の約30人を40人にまで増やしたい」としている。漆の木は現在、浄法寺地区を中心に約14万本あるが、増産するための植林も行っている。漆の木は樹液が取れるようになるためには15年から20年も掛かるため、長期の安定的な栽培が欠かせない。
漆掻きは、6月から10月までのシーズンの間、1本の漆木に対して4、5日に1度のペースで傷をつけて採取し、漆の木1本あたりの1シーズンで採れる漆の総量は牛乳瓶1本分(200ml)くらいだと言われている。