五輪を彩るテクノロジー

2019年11月11日

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黒井克行 (くろい・かつゆき)

ノンフィクション作家

1958年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家。人物ドキュメントやスポーツ全般にわたって執筆活動を展開。主な著書に『テンカウント』(幻冬舎文庫)、『男の引き際』(新潮新書)、『高橋尚子 夢はきっとかなう』(学研)、『日野原新老人野球団』(幻冬舎)、『指導者の条件』(新潮新書)、『ふるさと創生―北海道上士幌町のキセキ』(木楽舎)他多数。

 スタートラインがピンク色に染まった。

 9月15日、東京五輪男子マラソン代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」に出場した選手の大半が足元をピンクに発色させていた。ただ注目すべきは色ではなく、そのシューズの底である。

MGCに参加した選手の足元は、ナイキの厚底シューズのピンク一色に染まった(YUTAKA/アフロスポーツ)

「厚さは速さである」

 これはシューズを開発したナイキの商品コピーだが、これまでの常識である「薄さ」を覆す“宣戦布告”にも聞こえてくる。

 同社は『アスリートのボイスを聞け』をコンセプトにシューズの開発に乗り出した。そのうちの一つが「反発性はもちろんだが、クッション性が欲しい」だった。マラソン世界記録(2時間1分39秒)保持者、エリウド・キプチョゲ選手(ケニア)の声である。

 「30キロ走ると足への負担があり、地面からの突き上げの蓄積が疲労として翌日に残る」。キプチョゲ選手がクッション性を求めた理由だ。

 そもそも反発性とクッション性は相反する要素だ。クッション性を強めれば必然的に底が厚く重くなる。レーシングシューズにとって重いのは致命的で、だからこそこれまで薄底にならざるを得なかったわけで、このことに疑問をはさむ者はいなかった。

 ナイキが注目したのは「ズームX」という素材で、これが常識を根底から覆す主役の一つとなった。

「ズームXは宇宙工学でも使われるクッション性に富む超軽量素材で、これに反発性を持つカーボンプレートをサンドイッチする形でソールにした」(ナイキジャパン・マーケティングコミュニケーションズマネージャー臼井紀子氏)

 厚くしようとして厚くしたわけでなく、結果的に厚底になったという。ただ、厚底になっても軽量が維持され、なおかつカーボンプレートの反発性が推進力を高めてくれる。もちろん、ズームXが持つマシュマロのようなクッション性が新たに加わったわけで、脚のスタミナを温存しつつ優れたライド感を生み出すことに成功。斬新なテクノロジーによる、キプチョゲ選手の声に応えたシューズが誕生したのである。

「シューズの前部と後部の高さの差を小さくして安定感もはかった」(臼井氏)

 走法に左右されない、不特定多数のランナーにも適用する構造であるという。さらに、「新開発のヴェイパーウィーブ素材のアッパーは強靱で超軽量、しかも低い保水性と通気性を備えているので、雨の日や給水の際に水をかぶっても平気で、蒸れがない」(臼井氏)。快適に走ることに集中できるという。

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