定年バックパッカー海外放浪記

2020年2月16日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

元海軍特別少年兵の不屈の精神

 武岡老は老齢により足腰が弱って車椅子に乗っているのだろうと思っていた。ところが武岡老の話を聞いて驚いた。数年前に奥さんと一緒に散歩中に交通事故に遭遇して両足の膝から下を失ったという。奥さんも片足が不自由になってしまったという悲劇である。

 ところが武岡老は義足での歩行を目指して、毎朝夕に公園で歩く練習を自分に課しているという。93歳という高齢をものともせず意気軒昂とリハビリに励む強靭な精神力に感服した。

台湾出身者の日本人としての誇り

 武岡老と話をしていたら、もう一人の地元の老人がやってきた。林さんは85歳で終戦当時は国民学校の2年。残念ながら2年間しか日本の教育を受けていないので正しい日本語が話せないと悔しがっていた。

 私は5年前に台北観光したときに地下鉄で出会った劉さんという老人の言葉を思い出した。劉さんは少年兵の志願には歳が足りず応募できなかったことを残念がっていた。しかし国民学校で習った日本語は流暢そのものであった。

 劉さんは日本が太平洋戦争で勝利すれば広大な中国大陸が大日本帝国領土となり、日本の占領地域であった東南アジアも含めて大日本帝国による大東亜共栄圏が成立することを子供心に夢見ていたと語った。

 “もし日本が勝っていれば中国の共産化もなかった”と劉さんは残念がっていた。台湾生まれ台湾育ちの劉少年の当時の心情は日本内地のフツウの軍国少年であった筆者の義父とまったく変わらないように思われた。

 武岡老、林さん、劉さんの三人に共通しているのは少年時代に大日本帝国皇民、すなわち日本人であったことに誇りを持っていることだ。そして三人ともに老人となっても凛とした品格を保っている。

 日本人が敗戦により失ってしまった伝統的価値観と精神を台湾生まれの彼らが継承しているように思われた。

花蓮郊外の旧日本軍の将校クラブ

松園別荘の外観

 5月13日。台湾東海岸の中心都市花蓮の松園別荘。花蓮港を一望する高台に位置し、コンクリート造り二階建ての瀟洒な建物だ。戦前は旧日本軍の高級将校クラブ兼司令部として使われ、戦後一時期は米軍の将校クラブであったという。

 裏庭の防空壕跡に特攻隊の資料が展示されていた。台湾の航空基地から出撃した特攻機は延べ3461機。当時特攻隊員が出撃する前日に松園別荘に招かれお神酒がふるまわれたとの説明。

 展示物の中で一枚の写真と説明に目がくぎ付けとなった。彼の名前は劉志宏(日本名:泉川正宏)伍長。1923年台湾新竹生まれ。1940年桃園農学校3年の時に陸軍少年飛行兵に志願。東京陸軍航空学校卒業。その後満州派遣を経て1944年台湾から陸軍特別攻撃隊菊水隊の一員として出撃、フィリピンで撃墜され戦死。享年21歳4カ月。

 記録によると劉志宏は特攻隊員として戦死した唯一の台湾出身者という。

劉志宏の写真

台湾籍少年の背負った十字架

 1895年から始まった50年の日本の統治下での皇民教育の影響は大きかったのだろう。台湾籍の劉少年も大日本帝国の少年として義勇奉公の熱誠から1940年少年航空兵を志願。彼の純粋な日本人としての愛国心は戦後彼の兄弟の証言からも明らかである。

 1940年当時の少年航空兵制度は航空下士官(飛行機乗り)を育成するための教育プログラムであり、神風特攻隊はまだ生まれていない。その後戦局が悪化するなかで特攻攻撃が始まり、劉少年も特攻隊に組み入れられた。

 当時の少年航空兵は当然大半が日本本国出身者で一部に植民地であった朝鮮半島出身者もいた。このような組織の中で劉少年にとり特攻隊へ志願しない、または拒否するという選択肢はあり得なかったのではないか。

 台湾籍ではあるが“日本人である”ことを誇りにしていた劉少年。彼は“自分が日本人である”ことを証明するために、他の内地出身者に勝るとも劣らない愛国心を示さなければならないという途轍もない精神的重圧を背負っていたと想像する。それゆえ特攻作戦に従容として出撃したのではないだろうか。

 旧日本軍の兵士・軍属として出征した台湾出身者は20万人超、戦死者約3万人。この重い数字を忘れてはならないと思う。

⇒次回に続く

  
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