定年バックパッカー海外放浪記

2020年2月16日

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(2019.4.23~5/22 30days 総費用9万7000円〈航空券含む〉

大日本帝国台湾総督府は今も総統府として現役

旧日本総督府

 4月25日。1919年に竣工した旧総督府(現総統府)を見学。受付で台湾語、中国語(普通語)、英語、日本語と案内言語別に観光客を分けていた。

 時間的に早かったため日本人観光客はオジサン1人だけ。日本語ガイドは退職後ボランティアをしている周さんである。この歴史的建造物では現在も蔡英文総統が執務している。

 築後100年であるが丁寧に補修されており、日本が去った後の台湾の歴代為政者が大切に保全してきたようだ。そして大日本帝国時代の歴代総督の事績、台湾の近代化に貢献した日本の農学者、建築家、植物学者、技術者などの業績が紹介されている。

 戦争や革命などで政権が変わると、新しい為政者は自分たちの正統性を強調するために前の時代を否定する事例が多い。イスラム原理主義を掲げるタリバンやイスラム国はイスラム教以外の文化を全否定して仏教遺跡や古代ローマ遺跡を破壊した。

 イランの国立博物館ではイスラム教以前の古代ペルシアの展示は説明もなく無造作に床に置かれていた。韓国でも日本の総督府は爆破され日本語起源の言葉を忌避するなど徹底している。

 日本統治下の史実を客観的(むしろ肯定的)に評価している台湾は異例なのかもしれない。

サイクリング初日の熱烈歓迎 

 4月27日。台北から南へ5時間ほど走って、淡水河に面する古くから栄えている三峡(サンシャー)の町へ。スポーツ公園があり若者や子供たちがバスケットやテニスをしていた。夕涼みに公園のベンチでおしゃべりしている中高年も多い。

 テントを設営しようと付近の老人達に了解を求めると、没問題」(メイウェンティー)とか「OK了」(オーケーラ)と快諾。日本人と分かると大歓迎。お茶やお菓子の差入を持ってくる。聞きしに勝る親日的歓待に恐縮。

車椅子の老人は元海軍少年航空整備兵

 4月28日。朝7時過ぎに昨夕挨拶した青年が車椅子に乗った老人を案内してやってきた。東南アジア系の若い女性ヘルパーが老人の車椅子を押している。

元海軍少年航空整備兵の武岡老

 老人は開口一番背筋を伸ばして「私の日本の名前は武岡です。自分は元海軍少年航空整備兵であります」と軍隊式で名乗った。正確な発音に驚いた。台湾人の彼は、昭和2年生まれ、数えで93歳。

 武岡老は第二次大戦末期に海軍特別年少兵として志願。神奈川県の海軍厚木基地に配属され終戦まで海軍少年航空整備兵として勤務。ゼロ式戦闘機などの整備をしたと誇らしげに語った。武岡老によると横須賀にある二人乗りの特殊潜航艇部隊に配属された台湾の少年もいたという。

 ちなみに筆者の義父も飛行兵に憧れて海軍特別年少兵に志願。学科と運動の二次試験まで合格したが、三重県の飛行場で実施された最終選考で三半規管の不具合を指摘されて不合格となったと生前聞いたことがある。このエピソードを筆者に語ったときの義父のいかにも悔しそうな表情を今でも思い出す。

 いずれにせよ武岡老にとり人生で最も誇りに思える体験であったようだ。当時の海軍厚木基地関係者の集いがあり、武岡老は戦後何度か訪日して戦友会に参加してきたという。そして武岡老は海軍の軍歌を二曲朗々と歌ってくれた。

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