2024年4月20日(土)

イラクで観光旅行してみたら 

2020年3月14日

サダムも憧れる権力者、ネブカドネザル2世

サダム・パレスから見たバビロン遺跡

 アメリカ、中国、スウェーデンなどの外国人観光客もたまにくるという。一目で外国人とわかる私に、この遺跡の安全管理担当者のおじさんが案内を申し出てくれた。

 いろいろと説明をしてくれた後、遺跡の向こうの丘にある、比較的新しい巨大な家を指差してこう行った。

 「あれはサダム・パレスです」

 先ほどのバビロン劇場といい、またサダムの痕跡だ。

 サダム・パレスとは、サダム・フセインがかつて、イラクのあちこちに何十という数も建てた別荘だ。どのサダム・パレスも己の権力を示す意味もあって豪華絢爛な建物になっている。その内の1つ、バビロンの別荘では、サダムは遺跡のまさに敷地の中に宮殿を作ってしまった。

 「ここに建てたのは、ネブカドネザル2世と比較するように自分も偉大だと言いたかったのでしょうね」

 この遺跡となったバビロンの町を大規模に拡張した人物がネブカドネザル2世だ。超強権的な支配者だったらしい。旧約聖書にも出てくる人物で、ヘブライ人(ユダヤ人)の王国を滅ぼし、彼らをバビロンにまで連行したいわゆる「バビロン捕囚」を行った人物だ。多くの人がイスラエルの地から強制的に移住させられた。

 そんなネブカドネザルに憧れるサダムも強権の持ち主だった。新たに別荘を建てる際、当時の塀を復元して作らせたのだが、復元の方法が悪かったので、かつての遺跡を破壊してしまった。

 しかも新たに作った壁のレンガに、「ネブカドネザルからサダムまで」「ネブカドネザルの息子、サダムがイラクの栄光を称えてこの塀を建てた」という趣旨のプレートを埋め込ませた。半端なく自己愛が強いようだ。

 そしてさらに面白いのが、今ではそのプレートのあったレンガのいくつかが引っこ抜かれてなくなっているのである。

 「イラク戦争後にアメリカ軍がここに駐留していた際、そのプレートのついたレンガをお土産にするため持って行ってしまったんです」

 そうガイドの女性が説明してくれた。そういうことを書くサダム・フセインも幼稚だが、それを持って帰りたがる米兵も相当だ。

 古代の時間に浸りたいのに、それを許してはくれないサダムと米兵の痕跡。

 警備のおじさんは最後にニコッと笑ってジュースをおごってくれた。

サダムをたたえたプレート
取り外されたままのプレート
川沿いのレストランには天井にサダムを讃える言葉が書いてあった

落書きだらけのサダムの宮殿

 最後の訪問地はズバリ、サダム・パレスだ。小高い丘の上にある。最初の感想はこう。

 「豪華、そして落書きだらけ」

サダム・パレス
四方八方落書きだらけ

 手の届くところにはすべてアラビア語で落書きがなされている。

 「なんて書いてあるの?」

 ツアー参加者の20代くらいの姉妹に聞くと、

 「自分の名前と日付かな」

 という。なんとまあ。まだ「サダムのバカ」とか、「サダムのくそったれ」とか書くのならサダム政権下で解放された喜びを想像できるが、己の名前とは本当にただの落書きなのか。

 いや、解放されてまで彼の名前を書きたいとは思わないのかもしれない。これからは俺が自由に生きるぞ! という宣言だろうか。

 廃墟となりつつあったが、サダム・パレスはとにかく美しかった。ガラスはもうないがその姿形からかつての姿を想像させるシャンデリア、壁に埋め込まれたヤシの木のレリーフ。

 サダムがこの地に宮殿を建てたのはネブカドネザルに近いだけでなく、その景色の美しさがあったことはよくわかる。小山の上に立っているサダム・パレスは一方のテラスからはバビロンの遺跡が眼下に広がる。もう一方のテラスからはユーフラテス川がすぐそこでうねる姿がよく見える。なんて贅沢な場所だろう。

宮殿内の装飾は今も美しい
ユーフラテス川が一望できる

 ツアー参加者たちは

 「このサダム・パレスをホテルにすればいいのに」

 「アイデアならみんなあるわ!博物館にだってできるしね」

 といっていた。

 こんな声もあった。

 「サダム・パレスを見ると複雑な気持ちになるよ。サダムがいなくなってから16年も経つんだよ。それなのに壊されもせず、活用もされずあのまんま。政治的な力が動いているような気がする」

 思いがけず、サダムづくしとなったバビロン遺跡の旅だった。歴史に記憶されたほうがいいと思うけれど、まだサダムの呪縛に囚われているみたいで居心地が悪い。

 でも一方でめでたいことに、2019年7月にバビロン遺跡が世界遺産に指定された。ただしユネスコは「多くの建造物は緊急に保護する必要があり、中には崩壊寸前なものもある」として「重大な懸念」も同時に示したそう。

 帰りのバスではぐっすりとバグダッドまで眠りこけてしまった。

(つづく)

  
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