ブータン人留学生たちは多額の借金を背負い来日していた。その額は、日本語学校に支払う初年度の学費や現地の留学斡旋業者への手数料などで120万円にも上る。若手公務員の月収が3万円程度というブータンでは、かなりの大金だ。
留学ビザ取得には経済力があることを示す証明書が必要だが、書類は現地の斡旋業者が捏造した。業者幹部は、後に書類偽造の容疑で逮捕されている。
一方、留学生たちは借金返済と学費の支払いのため、「週28時間以内」の法定上限を超えるアルバイトを強いられた。ブータン人に限らず、新興国出身の留学生の多くに見られる実態だ。
借金漬けでの来日という問題は、留学生と並び、人手不足の職種を支える存在となっている外国人実習生にもある。実習生全体の半数以上に相当する約19万人近くを送り出しているベトナムでは、斡旋業者が1人につき50万〜100万円程度の手数料を徴収する。その手数料を支払うため、実習生は借金を背負う。
実習制度では、日本政府は人材が金銭的な負担なく来日できるよう求めている。しかし、従わない送り出し国が多い。ベトナムの場合であれば、政府は斡旋業者の手数料徴収を公に認め、1人の仲介につき「3600ドル」(約39万円)という上限まで設定している。しかも上限は守られておらず、業者が罰せられることもない。新興国では、実習生や留学生の斡旋が政府ぐるみの利権となっているからだ。
近年、学校や職場から失踪する外国人が増えている。留学生は学費の支払いを逃れ、実習生の場合は低賃金を嫌い、ともに不法就労して稼ごうとする。いずれも「借金漬けの来日」が影響してのことだ。
そんな状況を変えるため、愛媛で就職した元留学生のブータン人たちが立ち上がろうとしている。
2019年8月31日、愛媛県松山市でブータンの民族衣装「ゴ」に身を包んだ元留学生6人が記者会見を開いた。翌日結成する「国際ブータン労働組合」の存在をアピールするためだ。
「日本には問題を抱えていても声を上げられないブータン人がいる。弱い立場の人や働く仲間を守っていきたい」
組合の委員長に就任したコイララ君(29歳)はそう述べた。
筆者は、コイララ君が東京都内の日本語学校に在籍していた頃から面識がある。当時の彼は、弁当の製造工場などでの徹夜のアルバイトに追われ、疲れ切っていた。来日から半年で体重は5キロ減り、ブータンで撮られた写真の精悍な面影はなかった。目指していた日本での大学院進学を諦め、将来に絶望していたのである。そんな彼が、リーダーとなって同胞のための活動を始める。
ブータン人留学生には、日本で頼る組織がなかった。日本語学校やアルバイトの斡旋業者などから不当な扱いを受けても、どうすることもできなかった。そうした自らの体験が、組合の結成につながった。
愛媛・西予市の農業法人「豆道楽」に就職したロビン君(25歳)は、コイララ君とは同じ日本語学校に通い、寮を出た後に住んだアパートもシェアしていた。組合の副委員長に就いたロビン君は、こう話す。
「僕たちは留学生として大変な苦労を味わいました。これから日本へやってくるブータン人には、僕らと同じ思いはさせたくないのです」
ブータン政府が現地の斡旋業者と組んだ進めた日本への留学制度「学び・稼ぐプログラム」によって、2017年から18年にかけ700人以上が日本語学校へと入学した。その多くはすでにブータンへと帰国している。現地で仕事が見つからず、留学費用の借金返済が滞っている者も多い。そんな元留学生に対し、介護実習生としての再来日を勧誘している業者もある。
介護現場は人手不足が深刻で、外国人労働者に頼りたい職場は多い。ただし、介護の仕事は、実習生の受け入れが認められた職種の中でもとりわけ厳しい。
また、実習生には母国でやっていた仕事を日本で学び、帰国後は同じ仕事に戻るという規定がある。すっかり形骸化したルールではあるが、元留学生に「介護」の経験などない。日本で介護職として働いても、ブータンに戻った後も関連する仕事には就けない。現地では、高齢者向けの介護施設など普及していないのだ。
業者任せにしていては、日本でブータン人が望む仕事には就けず、再び斡旋ビジネスの犠牲にもなりかねない。そこで愛媛のブータン人たちは、自らが送り出しにまで関与しようと考えた。
まず、ブータンに組合の支部を設ける。そして政府と連携し、主に農業人材を日本へ送り出す仕組みをつくる。それが実現すれば、多額の借金を背負うことなくブータン人が日本で働ける。また、問題が起きた際にも、組合を通して受け入れ先の企業などと交渉できる。