世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2020年4月10日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

桒原:最近でもニューヨーク・タイムズの捕鯨や慰安婦に関する記事に、外務省はすぐに反論投稿をしました。もちろん、誤りや誤解はきちんと正さなければいけないのは理解していますが、これまでの経験から、場合によってはそれば逆効果にならないかと心配しています。

薮中:間違いであれば訂正を求めたほうが良い。でも、批判に対し訂正を求めたところで効果的ではないというのは苦い経験としてあります。間違いを訂正しなければいけないけれど、一方で日本の良さや主張をポジティブに発信し、日本のファンを増やしていかないといけない。

――薮中さんが外交官だったときは、どのようなパブリック・ディプロマシーを行っていたんですか?

薮中:恥ずかしながら、私はそういう高尚な外交に携わったことがなくて、喧嘩ばかりしていました(笑)。日本の国益を考えたとき、日本はどういう国で、有事の際には助けてあげないといけない、と思ってもらわないといけない。私が外務省にいたころは、大統領や議員などに働きかけるのが主体だった。しかし現在は、世論が持つ意味が大きくなった。その世論に働きかけるのがパブリック・ディプロマシーですよね。

桒原:日本でパブリック・ディプロマシーが重要な政権課題となったのは、第二次安倍政権が発足後です。外務省の「戦略的対外発信予算」、つまりパブリック・ディプロマシー予算として2015年度より年間約700億円が投じられてきました。

 薮中先生が外務省にいらっしゃったときは、パブリック・ディプロマシーに関して、どれくらい問題意識があったのでしょうか?

薮中:1980年代初頭に、アメリカを念頭において国際交流基金を創設しました。ですから、問題意識は当時からあったといえるでしょう。

 ただ、当時は伝統的な日本の文化であるお茶やお花を大使館で体験してもらったという程度でしたね。何をすれば効果的かわからなかったというのも多分にあったのでしょう。

――第二次安倍政権以降、予算がつき、主にどんなパブリック・ディプロマシーが行われているのですか?

桒原:たとえばジャパン・ハウス事業です。「世界でも類を見ない取り組みである」と言われているように、日本の多様な魅力の発信やオールジャパンの発信拠点としての機能を持っています。総合プロデューサーに原研哉氏、建築は隈研吾氏などを起用し、イギリス・ロンドン、アメリカ・ロサンゼルス、ブラジル・サンパウロの3拠点に設置されました。

 サンパウロには、多くの日系人が住んでいます。日系人の世代交代が進んでいますが、親日的という地域的特性があるからこそ、日本の魅力を発信し、協力してもらうという狙いがあるようです。ロサンゼルスは、エンターテイメント都市で、ロサンゼルスのあるカリフォルニア州には全米初の慰安婦像があり、中国系や韓国系のコミュニティの活動も活発です。ワシントンやニューヨークのある東海岸と比べれば西海岸が手薄ということもあり、設置した。ロンドンは、欧州の拠点であり、欧州でいえば文化都市パリにはすでに国際交流基金の日本文化会館があるので設置したようです。

――最後に、現在のパブリック・ディプロマシー重要性について桒原さんは、どうお考えですか?

桒原:現在のパブリック・ディプロマシーでは、誰が間違っている、何が間違っているという主張は時代に即していないと考えています。そうではなく、全体として日本を自国の味方だと思ってもらえるようなポジティブなメッセージを発信し、ポジティブなイメージを作り上げていくことが重要です。

 ジャパン・ハウス事業のような物理的なプレゼンスも重要ですが、特に重要なのは将来、外交や国際関係を担うであろう若手研究者の育成です。留学生の受け入れはもちろんのこと、日本人もどんどん海外へ出て、薮中先生の言うようにスピークアウトして大いに経験を積んでもらう。たとえ恥をかいたとしても、しっかりと議論し印象付けられることができれば、現地で知り合ったカウンターパートたちが日本に来て意見交換をしたいと考える際に、その人のところへ行ってみようかとなります。そしてシンクタンクの研究者同士が交流し、共同研究の機会もできる。海外では、シンクタンクの研究員は、次世代の外交を担っていることが多いのです。こうした取り組みを通じて、結果的に、日本や相手国の関係や外交政策に影響を与えられるような研究や交流が進んでいくのが理想的だと思いますね。
 

桒原響子(くわはら・きょうこ)
日本国際問題研究所研究員、未来工学研究所研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教
1993年生まれ。2012年米国ウエストバージニア大学において、国際政治学や通訳翻訳等を学び、2017年大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。笹川平和財団安全保障事業グループ研究員、外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官を経て、現職。専門は、国際公共政策、パブリック・ディプロマシー、ストラテジック・コミュニケーション、メディア研究、世論等。
薮中三十二(やぶなか・みとじ)
元外務事務次官・立命館大学客員教授
1948(昭和23)年大阪府生まれ。大阪大学法学部中退。北米局課長時代に日米構造協議を担当。アジア大洋州局長として六ヶ国協議の日本代表を務め、北朝鮮の核や拉致問題の交渉にあたる。

  
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