『なぜ日本の「正しさ」は世界に伝わらないのか』(ウェッジ)を上梓した日本国際問題研究所研究員、未来工学研究所研究員、京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教の桒原響子氏と、元外務事務次官で、現在立命館大学客員教授の薮中三十二氏の対談の後編。
前編では、現在の外交で重要度が増しているパブリック・ディプロマシーとは何かについて、また中国の新型コロナウイルスをめぐるパブリック・ディプロマシーについて対談の模様をお伝えした。後編の今回は、アメリカを舞台とした日中韓それぞれの戦略、日本が目指すべきパブリック・ディプロマシーについて(対談収録日は3月16日)。
――前回、アメリカが中国メディアを宣伝機関と認定したという話が出ました。本書の中心的な話題として、アメリカを舞台に日本、中国、韓国がパブリック・ディプロマシーで競い合っていると。その実情について聞きたいのですが、まず中国に関してはどんな活動をしているのでしょうか?
薮中:ここ2年間ほど、アメリカ国内で中国に対する警戒感は非常に強くなっています。パブリック・ディプロマシーとして、中国はチャイナ・ウォッチ(編注:中国政府が運営するチャイナデイリー社が発行する構成が新聞記事とほとんど変わらない広告)という広告を配ったり、孔子学院を開くなど、アメリカ社会で活発に活動してきたわけです。これに対し、アメリカの一部、特に国務省がパブリック・ディプロマシーではなく、プロパガンダだとして米中で相当激しくやりあっている。
桒原:アメリカ政府は、中国国営メディア5社を宣伝機関と認定し、約160人勤務している中国籍の職員を上限100人にすると国務省が発表しました。新型コロナウイルスをめぐる米中の報復合戦に乗じてですね。
孔子学院に関しては、スパイ活動をしているのではないかとFBIが捜査対象にしているほどです。教育だけでなく、メディア、情報通信技術とさまざまなカテゴリーでアメリカは中国への警戒感を顕にしている。
2015年、ある有識者を薮中先生にご紹介いただき、アメリカでインタビュー調査をしました。その時点で「チャイナ・ウォッチなんて見ないよ。あれはプロパガンダとわかっているから捨てる。そうはいっても(手法は)上手いよね」という意見があった。こうした有識者など一部の人たちは、チャイナ・ウォッチがプロパガンダだとわかっていても、そうでない人たちはもしかするとプロパガンダではなく、通常の新聞だと思って読んでしまう可能性があります。
孔子学院は、日本の文部科学省に当たる中国教育部傘下の機関「中国国家漢語国際推広領導小組弁公室」(漢弁)によって運営され、世界中の大学等に設置されています。そこでは多くの現地の学生が中国語や中国文化などを学ぶことができます。受講生の中国留学に関しても漢弁がお金を出してくれますし、受講生は孔子学院を通じて中国語や中国文化等を学び、将来はビジネスなどで中国語学力や経験を活かせたらいいなと思うようになるケースも多いようです。
薮中:実際問題として、中国からアメリカへの留学者数は年間30万人以上。日本は2万人を切っている。10年間で考えると日中ではかなりの差が出ます。そのうちの半分の中国人留学生が、仮に就職でアメリカに残るとすると、その影響力は計り知れないですよね。