五輪を彩るテクノロジー

2020年4月14日

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黒井克行 (くろい・かつゆき)

ノンフィクション作家

1958年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家。人物ドキュメントやスポーツ全般にわたって執筆活動を展開。主な著書に『テンカウント』(幻冬舎文庫)、『男の引き際』(新潮新書)、『高橋尚子 夢はきっとかなう』(学研)、『日野原新老人野球団』(幻冬舎)、『指導者の条件』(新潮新書)、『ふるさと創生―北海道上士幌町のキセキ』(木楽舎)他多数。

窒素ガスで酸素濃度を調整

 小型の低酸素室は既に大学の研究室でも見受けられるが、これほどまでの大規模な施設となると世界にも例を見ない。いわば時代への挑戦にも等しいとの評価もされているが、それを可能にしたのが空調設備によるシステムだ。

 「通常の空気に100%の窒素ガスを加えて酸素を排出し、高地と同じ酸素濃度に制御した密閉状態の室内を提供した」。 設備を提供する新菱冷熱工業都市環境事業部の金子寛明氏が解説する。

 理屈ではわかりいいテクノロジーだが、いざやってみるとなるとかなりの技術開発が求められた。だいたい窒素を作る技術はすでにあったものの、これほどの大規模な施設など世界にはない。空調設備システムの構築に一日の長がある同社の技術蓄積が生かされたのである。

 一番の難題は大空間の中で空気漏れを防ぎつつ、酸素濃度を制御し維持することだった。たとえば、プールだが、水中からの塩素ガスによる酸素濃度計への影響も出てくる。建物や利用者の安全性も考慮しなければならない。同社は室内の酸素濃度、温湿度、気流などの分布を検証し、風量や吹き出し口の個数や配置を決めた。トレーニングエリアやプールに「前室」と呼ばれる小さな部屋を設けて、ドアの開閉時に低酸素空気が外に出ない工夫を施した。「蟻の這い出る隙もない」ではないが、空気という目に見えぬ“相手”に最新のテクノロジーで挑み、工期を入れて2年をかけて完成させたのである。

 この他に、ユニークなのがコンディショニングルームだ。「低酸素環境を作る際に排出される酸素をただ捨てるのではなく、回収して高酸素室を作った」(金子氏)。ここでは低酸素室での激しい運動後のクーリングダウンが見込まれるのだ。

 「空気はただかもしれないが、これだけの大規模な中で空気を発生装置を通して酸素濃度を制御するには莫大な電気代がかかるわけだから」。ちゃっかりしているというか細大漏らさずで、テクノロジーのみならずエコロジーでもある。

 現在、施設を利用する一般会員は400人ほどだが、東京五輪に向けてここで万全の準備を図っている各種競技のアスリートも少なくない。競泳、女子ホッケー、女子ラグビー、パラリンピアン……。陸上の桐生祥秀選手は全身持久力を鍛えるために、低酸素の中でのシャドーボクシングで汗を流しているという。まさか五輪後の転身も考えているわけではないだろうが、金メダルを見据えたファイティングポーズにぬかりはないようだ。

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Part 1  「脱炭素」ブームの真相 欧州の企みに翻弄される日本
Part 2    再エネ買取制度の抜本改正は国民負担低減に寄与するか?
Part 3  「建設ラッシュ」の洋上風力 普及に向け越えるべき荒波
Part 4    水素社会の理想と現実「死の谷」を越えられるか
Column    世界の水素ビジョンは日本と違う
Column    クリーンエネルギーでは鉄とセメントは作れない
Part 5  「環境」で稼ぐ金融業界 ESG投資はサステナブルか?

  
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◆Wedge2020年4月号

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