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2020年3月20日

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黒井克行 (くろい・かつゆき)

ノンフィクション作家

1958年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家。人物ドキュメントやスポーツ全般にわたって執筆活動を展開。主な著書に『テンカウント』(幻冬舎文庫)、『男の引き際』(新潮新書)、『高橋尚子 夢はきっとかなう』(学研)、『日野原新老人野球団』(幻冬舎)、『指導者の条件』(新潮新書)、『ふるさと創生―北海道上士幌町のキセキ』(木楽舎)他多数。

 勝負の行方は〝頭〟で決まる。アスリートの教育的偏差値やコーチが立てる戦略の巧拙ではない。

 「スポーツにおける脳の働きは非常に重要な役割を果たしており、脳が認知する力が勝負の鍵を握っている」

 NTTコミュニケーション科学基礎研究所で脳科学を研究する柏野牧夫氏は、こう断言する。

 「野球やソフトボール、ボクシングに柔道といった0.5秒以内が勝負の分かれ目となる競技の世界においては、自ら意識しての動きはプレーや技にほとんど役に立っておらず、脳が勝手に働いて判断を下しプレーをしている」というのだ。

 これを「潜在脳機能」と言うそうだ。

ライバル投手の球筋を繰り返し仮想体験して潜在脳を鍛える(NTTコミュニケーション科学基礎研究所提供)

 野球でいうと、打席にいる打者が投手の投げるボールに対する感じ方が実際のボールの動きと乖離(かいり)しているといい、例えば、球速が時速130キロにも満たない直球でも速く感じる一方で、150キロでも遅く感じることもあり得る。また変化球でも消えて見えたり、わずかな軌道の変化でも鋭い曲がりを感じたりすることだってある。

 いずれの感じ方も脳が作り出したもので、実際との動きのズレによって引き起こされるという。これは人間の目が投手からリリースされた高速ボールの動きや軌道をすべて捉えきれないことで起こるズレである。

 打者は手元に球が来るまでに要するわずか0・4秒の間に球種とコースを見極め、すかさずスイングしなければバットにかすりもしない。少なくともインパクトの0・2秒前にバットを振り出さなければ間に合わないのだ。となれば、打者が視線で捉えられる投球の情報は一部に過ぎず、脳の予測に頼らざるを得ない。それによって「速い」とか「遅い」、変化球だと「鋭い」と感じ方が違ってくるのである。

 「詰め将棋のようにどれだけ定石を身体で覚えているか。潜在脳が反応できるかが勝負の明暗を分ける。潜在脳の機能を鍛えようというのがわれわれのアプローチ」(柏野氏)。

 キーワードは「慣れ」。「人間は何が苦手かというと、慣れていないこと。例えば、勝負の世界で〝初モノに弱い〟と言われる。野球で言えば、初めて対戦する投手に手こずることを言うが、その大きな理由の一つは慣れていないからだ。球速150キロの速球に慣れているプロ野球選手がソフトボールの上野由岐子選手の球を打てないのも野球とは球筋が違うソフトボールに慣れていないからだ」と柏野氏は語る。

 我々の日常生活においても同様のことを体験している。車の運転だが、会社から自宅までの通い慣れたいつものコースならば、容易に帰り着くことができるだろう。しかし、工事による通行止めなどでコース変更を余儀なくされた場合だ。考えさせられる。予期せぬことへの緊張や場合によってはちょっとした精神的動揺もあるかもしれない。

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