2024年11月22日(金)

Washington Files

2020年4月27日

アジア・太平洋諸国への影響

 そこで、今回の「Defense News」報道および、エスパー国防長官発言内容から浮かび上がったいくつかの重要な事実と問題点を以下に整理してみよう:

(1)トランプ政権として、国防とくに海軍戦略について、第二次大戦以後、与野党を問わず一貫して採用してきたグローバルな「前方展開戦略Forward Deployment Strategy」を初めて改め、米本土防衛重視と本国沿岸に軍事資源をより集中させた「有事柔軟対応」への転換に取り組み始めたことを意味する。

 これまでは「前方展開戦略」を支えてきたのが、空母打撃群carrier strike group(CSG)展開と、日本など同盟諸国および友好諸国基地への兵力その他の軍事資源投入だった。とくに中東、台湾海峡、朝鮮半島有事の際には、それぞれの地域において米軍プレゼンスを維持することが最大の抑止力になると考えられてきた。

 しかし、エスパー長官の頭の中にあるのは、戦力資材の常時海外配置ではなく、「可能な時に、有事の必要に応じて当該エリアに投入」というフレキシブルで機動性に富んだ対応だという。

 問題は、前線から米軍が一歩後退することによって生じる「空白」と「抑止力」の減退だ。とくに南シナ海においては最近、「セオドア・ルーズベルト」ほか数隻の米空母がコロナウイルス感染危機に見舞われた間隙を縫って、中国軍の空母打撃群が活発な軍事演習を行うなど、その存在を誇示しつつある。今後、計画通りの戦略見直しが実施されれば、中国の太平洋における軍事プレゼンスが逆に増強され、結果的に米中超大国間の軍事バランスに動揺をきたすことにもなりかねない。

 さらに「抑止力」についても一例を挙げるならば、いったん米艦隊が台湾海峡の常時パトロールを断念した場合、中国軍による台湾への野望をそぐどころか、かえって煽ることになる。かりに「台湾侵攻」の非常事態に、ハワイ基地から米軍機や戦闘艦船が緊急投入されたとしても、手遅れとなる公算が大きい。

(2)また、国防総省内局の研究レポートとはいえ、空母戦力を11隻体制から9隻体制に縮小する方針が明記されたことは、エスパー長官の基本理念を反映したものだ。従って、今後、海軍省などとの最終調整をへて、早ければ年内にも新たな方針として最終決定されるとみられる。

 これは、アメリカが冷戦時代、とくに「強いアメリカ」をスローガンに掲げたレーガン政権時代から大胆な海軍全体の増強計画が打ち出され、空母隻数もピーク時の1989年に17隻にも達した当時と比較すると、実に5割近くの戦力低下を意味する。

 グローバルな安全保障確保に積極的に果たしてきた世界最強国としての役割もそれだけ相殺され、世界におけるアメリカの威信低下は避けられない。

 ただ、就任以来かねてから同盟諸国との関係を軽視し、NATO(北大西洋条約機構)の存在意義にも疑念を表明してきたトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」の姿勢を反映したものであることは間違いない。

 問題は、トランプ政権発足前までは、同盟関係重視、軍事力増強を支持してきた議会共和党指導部がどう反応するかだ。

(3)今回の戦略見直しでは「大型空母時代」から脱却し、全体の戦力・兵器類についても、小型化・軽量化による機動性重視へのシフトを示している。またエスパー長官がインタビューで「1隻あたり乗員数の少ない小型艦」や「無人艦」に言及したのも、経済効率性を念頭に置いたものだろう。

 しかし、そもそも「軍事プレゼンス」の本来の意義は「力の誇示」とは不可分であり、しかも可能なかぎり前方で恒常的にその存在を明示することにある。小型化した戦力を後方に待機させ、必要に応じて緊急投入するという姿勢が、果たして現実的な戦略かどうか、疑問を抱く軍事専門家も少なくない。

 エスパー長官は、戦闘艦船数についても「全体で355隻あるいはそれ以上に増やす」ことを視野に、「強大、強靭な戦力構築をめざす」と述べた。

 しかし、レーガン政権下で、「海軍600隻体制」が確保され、しかも大型空母17隻による強大な軍事力を誇った時と比較すると、「軍事プレゼンス」低減は歴然だ。

 最後に無視できないのは、もし、このような新たな米海軍戦略が実施に移された場合のアジア・太平洋諸国への影響だ。

 とくに従来のような、空母打撃群による西太平洋海域での常時展開が軽減されることになった場合、これを歓迎するのは中国人民解放軍であることは明白だ。

 これに対し、台湾海峡、南シナ海などを含めた中東原油輸送のためのシーレーン安全確保を米海軍に依存してきたわが国の防衛戦略は見直しを迫られることになる。

  
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