取違は“人に仕事を頼む時は、2つのコツがある”と言う。
「まず、仕事を極力システム化し、お願いすることです。この時、私は、実験の結果を単純に入力するだけのエクセルシートを作って、データ入力だけを依頼しました。あと、万が一にも入力間違いがあってはいけないので、元のデータにさかのぼって照合してくれる人も準備しておきました」
その上で“機械的な作業としてはお願いしない”。
「先輩社員が実験の担当者に作業をお願いする時、この研究でどんなものが世に出せるのか、それにどんな意義があるのか、といったことから話していたのを見たんです。“こんなことからはじめるの?”と思ったけど、明らかに、仕事の効率がいいんですよ」
ときには、先輩に仕事をお願いすることも選択肢の一つである。
「もちろん、とことん自分でやってみた上でなければ、ただの“甘え”になってしまいます。でも、上の人たちも理解してくれました」
“人を納得させたうえで、動かす”。その答えに、彼が辿りつけた理由はどこにあるのだろうか?
「物事の本質を見極めようと努力しています。誰だって、つまらない仕事より、やりがいのある仕事の方がいいですよね。実は、熟練の板金工だった私の父が物事を本質から考える姿勢を持っている人でした。『そんな馬鹿な話があるか!考えればわかることだろ!』が口癖で、本に書いてあることだけに頼らず、自分で考えることに労を惜しまない人でした。そんな父が働く姿を子供のころから近くで見ていて、今思えば、父の仕事に対する思いや姿勢が、現在の自分の仕事への取り組み方に繋がっていると感じます」
「キミのおかげで助かったよ」
厳しい時代の努力の結実だった
彼は、しみじみと言った。
「人は本当に追いつめられないと変われない。効率化も同じです。“無理かも”と思うくらい仕事を任され、初めて、適切な効率化ができるんだと思います」
夢中になって働くうちに取違の社会人生活も3年目に突入した。予定通り課長代理は別の部署へと異動して行き、彼は次第に研究だけでなく、コンクリート経年劣化やひび割れの調査など、顧客からの依頼にも対応するようになっていった。
依頼が来ると、まずデータを集めてなぜ経年劣化したのかを調べ、次に、どのように対策すればいいか考え、資料を作ってクライアントに説明し、施工部門へと仕事を振っていく。すべて、1~2年目に経験したことが活きていた。
次第に、クライアントから「キミのおかげで助かったよ」と言われるようになった。彼は目を細めて当時を振り返る。
「一番うれしいのは、結局、お客様からいただく“ありがとう”の一言ですよ。自分が主体になって仕事を進めると、この一言がことのほかうれしいんですよね」
≪POINT≫
忙しいが、まだ結果が伴わず、取違が苦悩していた時期の話だ。彼は、人が忙しいと嘆く場面で、常に“自分がこの仕事をできる幸せ”を考えたという。
忙しいこと、それは他人から必要とされている、ということなのだ。目をつぶり、今までの恩人や周囲の人間に感謝してから仕事に向かう、すると、おのずから結果も変わるはずだ。