2024年11月25日(月)

Wedge REPORT

2020年5月23日

「在宅勤務でも効率よく終えることができる」

 在宅勤務の対象者を急に拡大しても、大きな混乱がないのは2018年に同制度を導入した際のいきさつや丁寧なヒアリングにヒントがあると思われる。

 人事部は、在宅勤務の導入をスムーズに進めるために2016年7月からトライアルに段階的に取り組んだ。まず、対象を本社勤務の育児・介護中の社員5人に絞った。前々から、女性社員を中心に「在宅で子育てや介護をしながら働きたい」という声があった。少人数で始めたのは、効果を正確に測定し、課題を的確に捉えるためだ。

 就労場所は、5人の自宅に限定した。就労時間は、オフィスで勤務する場合と同じだ。ただし、各自の生活スタイルに合わせるために、フレックス勤務や時短勤務もできるなどして柔軟にした。

 人事部は、5人にヒアリングを行った。「通勤時間がなくなり、家にいる時間が増えたので、子どもを始め、家族が喜んでいる」といった声が多かったという。仕事を効率よく終え、ゆとりが生まれ、私生活が充実し、仕事にいい影響を与えることができると判断し、対象を拡大した。

 その後も対象の社員や部署を変えたりしてトライアルを繰り返し、過程や結果を検証し、改善を重ねた。17年4月には在宅勤務制度を「在宅勤務制度細則」(現在は「テレワーク制度細則」に名称変更)として定めた。主な内容は、就労時間や場所、情報漏えいの防止やパソコン内のデータのセキュリティ対策など。場所は、自宅やカフェ、出張先のオフィス、要介護者の自宅や施設、自社が契約する企業が運営するサテライトオフィスなどに広げた。「業務に専念できる場所」であることが必要だ。

 希望者は上司の承認を得たうえで、「実施申請書」を人事部に毎年1回提出する。人事部は、原則として認める。有効期間は当該年度(年度更新)で、通常は更新。

 2018年に在宅勤務を正式にスタートした。機密事項を扱う人事や経理など一部を除き、19年7月の本社オフィスの移転に合わせ、フリーアドレスを始めた。対象は、人事部や経理部などを除く、本社の事務職全員。各自に貸与したロッカー(1人につき、1個)に資料などを保管する。帳票や申請、決裁業務などの書類を中心に電子化(ペーパーレス化)にも取り組んでいる。

 慎重に、丁寧に進めてきた感があるが、4月から在宅勤務の対象者が一気に増えたことで、今後の検討課題が生まれた。その1つが、社内外の書類の決裁に必要な印鑑を押すために出社することだ。

 「ほとんどの書類は電子化することができるので、PDFなどで相手に送ることはできる。だが、一部の契約書や請求書は、原本(紙)に押印し、発送することが求められる場合がある。また、社内でも、押印が必要な業務がある。これらの現状を踏まえ、必要な場合に社員が出社し、書類に印鑑を押し、発送などの業務を行っている。今後の対策を急いで考えたいが、双方の話し合いや社内のルール変更などが必要になる」(仁多見氏)

 2人とも、社員の健康管理がこれまで以上に大切になったとも話す。仁多見氏は同じ姿勢で長時間、机に向かうために肩こりが強くなったようだ。「通勤が、いい運動になっていたのだとわかった」。陸氏も在宅勤務が毎日となってからは、やや疲れたと語る。「炊事、洗濯、食事、子どもの面倒で狭い範囲のところをぐるぐると回っているからなのかもしれない。結果として、働きすぎの日もあるように思う」。それでも、2人は「在宅勤務のほうが1日にできる仕事の量が多い。しかし、効率よく進めることができる」と感じている。

 今回の事例からは在宅勤務の態勢を整えるためには、時間と労力、全社を挙げての協力が不可欠であることがわかる。ヒアリングを繰り返し、丁寧に導入することや、スマートフォンを始めとしたハードの整備が必要だと痛感する。

 政府は急きょ、企業に在宅勤務を求めたが、社会が一定の落ち着きを取り戻した時にそのあり方を考え直すべきではないだろうか。なぜ、多くの日本企業では長年、在宅勤務が進まなかったのか。背景や理由を考えたい。今後のために何が必要であるのか。5年後、10年後にはどうするべきか。私たちの意識をどう変えるべきか。この会社には、そのヒントがあるように思う。

  
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