メキシコ経済は、経済政策の迷走とコロナ禍に苦しんでいる。メキシコのコロナウイルスの感染者は、6月15日現在14万人を超え、死者は約1万7000人に達している。依然として新規感染者が増加しているが、メキシコ政府は、各州ごとに状況に応じて企業活動の再開に踏み切っている。
感染防止と経済活動再開のジレンマの中で経済状況は悪化し、第1四半期のGDP成長率は年率換算でマイナス4.9%を記録し、4月には55.5万人の正規雇用が減少した。これは、1つには、中央政府の企業支援策が極めて貧弱なことによる。しかし、より根本的な要因は、比較優位性を活かした市場経済の原則に沿った経済政策の方がより効果的であるにもかかわらず、ロペス・オブラドール大統領の政策が逆方向を向いていることである。このままでは、メキシコにとって失われた6年となってしまう可能性が高い。
米外交問題評議会のShannon K O’Neil副会長は、Bloombergに5月28日付で掲載された論説‘Lopez Obrador Can Save Mexico by Embracing Globalization’で、以下の諸点を指摘している。
・過去30年で、メキシコは世界で最も開放的な経済地域の1つとなった。貿易はGDPの80%を占め、高賃金の雇用と長期的な経済成長の基礎を提供している。
・ロペス・オブラドールは筋金入りの反グローバル主義者であり、メキシコを世界から切り離そうとしている。エネルギー、農業の自給自足に固執し、国内の生産者を強く保護している。
・外国からの資金と専門知識を電力部門に受け入れることで、より安価で、安定的で、効率的な電力網への移行が加速され、国際的なサプライチェーンにおけるメキシコの役割が高まり、雇用を拡大する。農業貿易の拡大は、消費者価格を低く保ち、より生産性の高い作物への特化を促し、自給自足農業による貧困からの脱却を可能にする。市場原理に基づいたルールの遵守と政治性のない支援は、経済成長の原動力となる国内外の投資を呼び戻すことになるだろう。
・しかし、ロペス・オブラドールは方針を変えそうにない。現在の不況はさらに深刻化するだろう。現在起こっている中国からのサプライチェーンの移転は、メキシコを迂回し、長期的な経済の可能性を制限することになるだろう。
上記の論説ではメキシコについてかなり厳しい見方が示されているが、概ね的を射た指摘である。
メキシコ国民の関心は、従来の治安問題から、現在はコロナウイルス問題が第1位となり、第2位が経済状況である。大統領支持率は下がったとは言え、依然として50~60%ある。これは大統領自身が汚職とは無縁であることに基づく根強い支持と、コロナウイルス問題のおかげで、治安の悪化や経済政策の行き詰まりから国民の目をそらすことができているためと言える。
ロペス・オブラドール大統領の経済政策は、上記の論説の指摘とは正反対の適切とは思われないものが多い。特に、大統領の政策の目玉であるマヤ観光鉄道プロジェクトについては疑問である。採算性と環境への影響が不明確な中で、法的な根拠のないお手盛りの国民投票を根拠に強引に実施を決め、今年に入り、5区間のうち3区間の入札が行われ動き始めた。大統領は自画自賛するであろうが、総工費7000億円程度の内、総額の半分は観光客からの税収を期待しており、政府資金は10%程度の由である。鉄道が建設されるのが生物多様性保護や考古学の面で極めてセンシティブな地域であり、今後大幅な費用の増加や反対運動の可能性など、将来への禍根を残すことになりかねないであろう。
ロペス・オブラドールの頑固さはトランプ並みである。徹底した内向き志向で、未だに海外出張は無く、国際社会におけるメキシコの存在価値を損なっている。筋金入りの左派にしては、ほとんど米国に逆らわず、打算に加えて性格的にトランプに対して苦手意識があるのではないかとも思われる。仮に民主党政権になればその本性を現してくるかもしれない。来年のメキシコの下院の中間選挙で、野党側が体制を立て直すことができれば、大統領の暴走の多少の歯止めとなるかもしれない。
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