WEDGE REPORT

2020年11月10日

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 米大統領選挙で敗北したトランプ大統領は11月9日、かねてより不満を表明していたエスパー国防長官を解任した。政権移行期の軍トップの解任は安全保障上、リスクが大きいというのが一般的な見方だ。解任は選挙に協力しなかったことに対する「懲罰人事」だが、人事権を行使することによって負けを認めず、今後も権力の座に留まる決意を内外に示す狙いがあったようだ。

解任されたエスパー国防長官(REUTERS/AFLO)

ツイッター上の公表5分前に通告

 トランプ氏が閣僚らをクビにする場合はこれまでも、ツイッター上で突然公表するのが常だったが、今回も怒りを表すように「エスパーの職務は終わった。彼の務めに感謝したい」と素っ気ない言葉をツイートしただけだった。ワシントン・ポストなど米メディアによると、メドウズ首席補佐官がトランプ氏のツイートの5分前にエスパー氏に直接、解任を通告したという。

 トランプ氏は何をそんなに怒っていたのか。その理由はエスパー氏が選挙でトランプ氏が望んだような協力を拒んだからだ。全米で黒人差別撤廃運動が激しさを増し、ワシントンのホワイトハウス周辺でも抗議デモが続いていた6月、トランプ氏はデモを鎮圧、警備するために軍の出動を要請したが、エスパー氏やミリー統合参謀本部議長がこれを拒否した。

 大統領はコロナ対応の失政から国民の目を逸らすため、黒人差別撤廃運動をめぐる治安悪化を争点化、「弱腰のバイデンでは政情不安になる」などと批判し、強い指導者であることを見せつけるために軍の出動を要求した。「要は再選対策に軍を利用しようとしたわけだ」(アナリスト)。

 しかし、政治から中立を保ってきた軍の伝統から逸脱し、戒厳令が敷かれたように見られることを恐れたエスパー氏はこの最高司令官の要求に応ぜず、トランプ氏を激怒させた。エスパー氏は軍人上がりとはいえ、軍や議会などから尊敬されていたマティス元長官のような威厳に乏しく、トランプ氏にことのほか忠実だった。トランプ氏はエスパー氏を“イエスパー”と揶揄していると伝えられていた。

 そうしたエスパー氏の抵抗だっただけにトランプ氏の怒りは大きく、すぐにも解任しようとしたが、側近らに止められて踏みとどまった。その後、差別撤廃運動がかつての黒人奴隷制度に関わった南北戦争の“英雄”らの銅像を撤去し始める騒ぎに発展。南部の白人票を頼みにしていたトランプ氏がこれを非難する中、今度は米軍基地名の変更問題が起こり、さらにエスパー氏との対立が深まった。

 この問題はエスパー氏ら国防総省指導部が、奴隷制度を支持した「南部連合」の将軍らにちなんで名付けられた米軍基地名の変更に乗り出したことだ。対象はノースカロライナ州のフォートブラッグ基地などだったが、トランプ大統領は「絶対に変更させない」と猛反発、両者の対立は決定的となった。トランプ氏はエスパー氏の後任に、クリストファー・ミラー国家対テロセンター長官を国防長官代行として指名した。

大統領への“最後っ屁”

 トランプ氏はロシア疑惑で捜査から身を引いたセッションズ元司法長官や国務省改革に消極的だったティラソン元国務長官らを解任する前に公然と嘲り、いじめ同様の扱いをした。今回もエスパー氏がこの数か月間、同じような目に合っており、大統領とはほとんど会うこともなかった。解任はある意味、既定路線だった。

 トランプ氏はここ数日間で、連邦エネルギー規制委員長ら高官2人を解任しているが、一連の人事は自らが大統領であることを誇示し、今後もホワイトハウスに留まる決意であることを見せつける狙いがあると思われる。米メディアは次の標的は連邦捜査局(FBI)のレイ長官ではないかと伝えている。

 トランプ氏は選挙での劣勢が鮮明になった10月中旬、前回の選挙の時、オバマ前大統領やバイデン前副大統領、対立候補だったヒラリー・クリントン氏がトランプ氏を貶めようと“史上最大の政治犯罪”ロシア疑惑を捏造したとあらためて非難し、訴追されるべきだと要求した。

 その際、バー司法長官に対し、前大統領らを起訴に踏み切るよう要求、レイ長官を「(捜査に乗り出さないことに)失望している」と批判していた。トランプ氏はレイ長官が9月の議会証言で、郵便投票などの急増について、「組織だった不正は見られない」と明言したことを問題視していた。トランプ氏にとって、郵便投票は「不正の温床」であり、敗北の大きな原因になったからだ。レイ長官の解任は時間の問題と見られている。

 同紙によると、エスパー氏は解任を受諾した書簡の中で、「憲法を支持し、国を守る一方で、国防総省を政治から切り離し、米国民の愛する価値を順守してきた」ことを強調したが、これは軍を自らの選挙のために利用しようとしたトランプ氏に対する“当てつけ”であり、“最後っ屁”と受け止められている。

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