2022年12月10日(土)

WEDGE REPORT

2021年1月6日

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加茂具樹 (かも・ともき)

慶應義塾大学総合政策学部長・教授

専門は現代中国政治外交。1995年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2015年4月から同校総合政策学部教授に。16年10月から18年10月まで、在香港日本国総領事館領事。主著に『十年後の中国』(一藝社)、『現代中国の政治制度』(慶應義塾大学出版会、共編著)。
 

生き残り戦略としての
科学技術革新

 ただし、この決意を国際的な変化に対してのみの指導部の反応と捉えるべきではない。「提案」が示すもう一つの注目すべき戦略「2つの循環(双循環)」は、突発的なリスクと対米関係悪化の長期化を念頭に置いた反応、すなわち自力更生への回帰と一般的に理解されている。

 「2つの循環」は、海外需要と投資に依存する経済発展モデルとともに、消費需要を中心にした内需を好循環させて質の高い経済成長を目指そうとする考え方である。たしかに「提案」が、国内を重視することの必要性を強調していることに、国際社会の流動化に対する指導部の強い危機意識、という反応を読み取ることはできる。

 しかし指導部が「提案」を立案したより重要な動機は、国内の変化にある。その変化は、1980年代以来、歴代の指導部が推進してきた「改革開放」という経済社会の発展戦略の転換の必要性を生み出した。

 90年代以来、共産党は「発展こそ堅い道理」とする開発主義を掲げ、必要な国内外の環境を共産党による一党支配が保障する改革開放路線を歩んできた。高度経済成長の成功は、開発主義を提起した共産党による支配の正当性を支えてきた。しかし国内情勢の変化は、この開発主義の発展戦略の妥当性に疑問を呈している。指導部は、一党体制を維持するために新たに何をするべきかを突きつけられている。

「提案」は、従来の五カ年計画のように具体的な経済成長率の目標を示していない。代わりに、経済の質と効率の向上を追求し、持続的で健全な成長を目指す方針を掲げた。これについて習近平は、前述の「提案」の論点説明文書で、「提案」の立案過程で一部の地方や部門は成長目標を「2025年までに高所得国レベルにし、35年までにGDPと一人当たり所得の(20年比)倍増は可能」と主張したが、国内外の不安定要素が比較的多く、加えて新型コロナのパンデミックによる影響を考慮し「経済構造の最適化により注力することにした」と告白していた。

「提案」は開発主義にもとづく発展戦略からの脱却の宣言といってもよい。17年11月に開催された19回党大会の報告が「わが国社会の主要な課題は、国民の日増しに増大する豊かな生活に対する要求と現実に存在する不均衡で不十分な発展との間の矛盾だ」と論じたように、指導部は中国経済が既に高度経済成長を終え、中所得国に向かう段階に入っていることを自覚している。

 例えば、「提案」発表の直前、国務院傘下のシンクタンクが、中国社会が急速な高齢社会へ移行することへの対応を国家戦略として位置付ける報告を発表している。そうした意味において「提案」は、改革開放後の時代の生き残り戦略を描いたともいえよう。

 いま指導部は、人民の生活の質の改善を課題と位置付けている。「質の改善」とは、「人民大衆の獲得感、幸福感、安全感への配慮とその向上の必要性の重視」である。経済成長による物質的豊かさという要求の先にある欲求である。この新しい要求に応えるための切り札が、「提案」において重要任務の第一に掲げられた科学技術の革新である。デジタルインフラを活用することで、中国社会が構造的に抱える地域の格差や貧富の格差、資源所得配分の不均衡をはじめとする「改革開放」が積み残した課題と新しい要求という、習が言う「国内外の不安定要素」を解決しようとしているのである。

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