中国政府は、民間企業に対して権力を振りかざし始めたようだ。一つは反トラスト姿勢の強化であり、もう一つは外国法の域外適用への反発である。これらは、中国共産党統治の抱える本質的矛盾を、はしなくも露呈している。
1月9日、中国商務省は米国の対中制裁に対抗すべく、「外国法の不当な域外適用」を順守しないよう中国企業に求めるかもしれないと述べ、さらに、外国の制裁や補償に応じた国内外の企業を提訴できるようにした。
11月にはネット通販最大手のアリババの金融子会社、アント・グループが上海及び香港での上場を目前に新株発行を止められた。また、同月、国家市場監督管理総局は電子商取引企業を規制する規則を発表、12月には独占禁止法違反の容疑でアリババへの捜査を始めた。アリババとアントの共同創業者で、スピーチの中で中国の国営銀行を質屋になぞらえたジャック・マーは、3か月間、公の場から姿を一時的に消した。1月16日付けのエコノミスト誌は「過去に消息不明になった他の財界の大物たちのように、改悛を示し、捜査官たちに協力した後、彼が再び姿を現したとしても、この件は恐ろしいシグナルを送る」と指摘している。
法律の域外適用をめぐる米中間の争いについては、2019年、中国商務省は「信頼できない企業」リストを作った。上記のエコノミスト誌の記事によれば、現在のところ、著名な外国企業はまだリストに入っていないらしいが、中国当局が規則を厳格に適用すれば、中国にいる西側の多国籍企業に対し、制裁を破ったとして米国で罰金を科されるか、中国の裁判所に行くかの厄介なジレンマを突きつけることになろう。
アリババなどのケースは、中国当局がアリババ集団傘下の金融会社アント・グループへの統制を強めている最大の理由は、筋論としては、中国の金融システムに対する影響が大きいからであろう。反トラスト規制も、経済の運営の観点からやらざるを得ないし、法律の域外適用についても、米国が仕掛けてきた経済戦争への対抗手段として慌てて作ったものである。しかし、いずれの場合も、先のことや結果を十分に考えずに、あたふたと対応している感を否めない。そこには統治のあり方、政治と経済との関係、党と民営企業との関係といった、共産党統治の抱える根源的な問題が見えてくる。
習近平政権は、「党の指導」を強調する。中国のあらゆる面を共産党が指導することは党規約にも書いてあるし、憲法にも書いてある。しかし経済の現場において、どのようにして経済の効率を高めながら「党の指導」を具現化するのであろうか。経済の効率を高めるために「市場は資源の分配に決定的役割を果たす」ことも大方針として謳っている 。2000年代に入ってからの中国経済の大躍進の主役は、民営経済であり公有経済ではない。
中国の民営企業に、五六七八九という言い方がある。民営企業は、50パーセント以上の税収、60パーセント以上のGDP、70パーセント以上の科学技術の創新、80パーセント以上の都市就業者、90パーセント以上の企業数を占め、中国の発展に大きく貢献している。官僚機構の権化である党が、実体経済に関与すればするほど、経済の効率は損なわれる。「党の指導」は、この民営企業を弱体化させ、市場の機能を削ぐ。
これが中国の現場なのだ。党の指導と市場の重視という、相矛盾する指導原則に振り回されているのだ。党の指導、つまり政府の管理を強めれば、民営企業の活力はそがれ、イノベーションの力は落ちる。中国で起業をし、新しい業界を生み出し、巨万の富を得る―それがチャイニーズドリームであり、その象徴がジャック・マーだった。その失墜は、これから参入する者を含め、民営企業者の心理に広く影響を与え、中国経済にもボディブローのように効いてくるであろう。
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