世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年7月16日

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 IISS(国際戦略研究所)のシャングリラ・ダイアログ上級研究員ユアン・グラムが、6月15日の中印国境地帯における中国の軍事行動の狙いは、インドに中国と対立するとの戦略的リスクを思い知らせ、インドの地政学的な行動の自由に制約を加えることを意図したものだとの分析を、6月25日付のIISSのウェブサイトに掲載している。

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 中印両国の国境地帯における衝突は数十年もの間繰り返されて来たことである。6月15日、標高4,300メートルのガラワン渓谷で発生した衝突には、これまでとは異なる要素や傾向は見られるのかの問題があろう。

 IISSの衛星写真に基づく分析によれば、中国は国境地帯の軍の態勢の強化を進め、LAC(Line of Actual Control、実質的には国境線)の近辺に1,200ないし1,500の兵力を展開し、更に後方に予備として 5,000の兵力を配置している。更に、5月末までに戦車と牽引砲をLACの近辺(但しガラワン渓谷ではない)に配備するに至った。インドも対応してその態勢を強化したようであるが、この地域の軍事バランスは中国に傾きつつあるようであり、それが長期的傾向のようである。少なくとも、インドではそのように認識され、警戒感が強まっている様子である。

 今回の衝突をいずれの側が仕掛けたものか、あるいは引き金を引いたのは何だったかは判然としないが、少なくとも軍の増強は、その規模から見て、現場の判断ではなく中央も承知のことであったであろう。

 グラムの論説は、LACの地域での中国の行動の動機は、インドに対する心理的支配、即ち、インドを中国と対立することの戦略的リスクの人質にすることによりインドの地政学的な行動の自由に制約を加えることを意図していると観察している。インドの地政学的な行動とは、就中、米国との軍事的協力であり、米国、日本、豪州などとのインド・太平洋戦略の推進であろう。その観察に間違いはないと思うが、領土的野心それ自体が動機でないと断ずるのは言い過ぎであろう。

 LACの地域での絶えざる緊張と摩擦によってインドの地政学的野心を掣肘する一方で、現場での既成事実を積み上げ(当面、1962年の中印戦争の際に占領した線までの進出を狙っているのではないか)、いずれ中国の主張に沿った交渉での国境画定を意図しているとの観察もある。この問題は中国の領土的野心と無縁ではあり得ない。

 要するに、この種のインドと中国の衝突は、春が来て山々から雪が消える時、今後とも繰り返されるであろう。それが直ちに戦争に発展する訳ではない。しかし、この地域の軍事バランスが中国に傾いていること、中国にリスクを厭わないご都合主義が見受けられること、インドに対する中国の警戒心が強まっていることは新たな傾向であり(インドも今回の事件で敵愾心を強めるであろう)、重大な衝突が今後もあり得ると見ておくべきであろう。

 7月3日、インドのモディ首相は、ラダックの係争地帯を電撃で訪問し、現地視察を行なった。インド軍の士気を高め、中国側を牽制する目的があったと言われる。中国側はこれに反発している。

 インドは、また、6月29日、電子・情報技術省が、中国製アプリ58種の使用禁止を決定した。その中には、バイトダンスのティック・トック、テンセントのウィチャット、アリババ系のウェブブラウザ―等も含まれていた。インドで2億人以上、多い時は5億人以上が使用しているアプリである。インドの電子・情報技術省は、「インドの主権や国防、社会的秩序に損害を与える59のアプリを禁じる」「利用者のデータを不正に盗み、インド国外のサーバーに保存しているとの多くの苦情を受けた」と述べた(2020年6月30日付日本経済新聞参照)。

 中国は、米国との新冷戦のみならず、インド、豪州とも対立を深めている。日本に対しても、尖閣諸島で緊張が高まっているが、今後、日本はどのように対処するのか、難しい問題を迫られている。

  
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