2024年12月5日(木)

経済の常識 VS 政策の非常識

2021年5月14日

本当のお金持ちが何人いるかわかるデータがない

 これまでの議論は給与所得者に対してのものであった。これに対して、本当のお金持ちは給与ではなく配当などの形で収入を得ている、あるいは、成功した自営業者であるという指摘があるだろう。その通りだが、日本ではどれだけの所得の人がそれぞれ何人いるのか分かる統計は存在しない。日本人は、格差について議論するのが大好きだが、その基本データは実は存在しない。

 格差についての基本データは、厚生労働省「国民生活基礎調査」だが、そこには実際の人数も世帯数も存在しない。あるのはそれぞれの所得の家計の比率であって、人数と世帯数は別途推計しなければならない。

 ただ、自営業者についてはヒントがある。「国民生活基礎調査」と「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」を組み合わせると、日本の全世帯数5880万世帯のうち、575万世帯が自営業世帯であり、うち1500万円以上の所得のある自営業世帯は35.3万世帯あると分かる(世帯数については図2の注を参照)。しかし、これは世帯であるから夫婦や子供も働いていれば一人あたりでは少なくなる。一方、1500万以上の給与所得者71万人は一人で稼いでいる人々である。

 配当収入や副業収入も考えての所得について、一人当たりのデータはないが、前述の「国民生活基礎調査」と「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」を組み合わせると、世帯ごとの所得が分かる。この結果は、図2である。

 図2を見ると、図1に比べて、お金持ちがかなり多いように見える。1500万以上をお金持ちとすると、その総所得は40兆円になる。これなら金持ちへの所得税増税でかなりの税収が得られるのではないかと一瞬思えるが、そうではない。理由は自営業者について述べたことと同じで、所得の高い世帯とはより多くの人が働いている世帯であるからだ。

 所得階級を一番低い第Ⅰ分位から第Ⅴ分位に分けた場合、第Ⅰ分位では有業者のいない世帯が51%となる。所得の低い家計には年金家計が多く含まれている。一方、所得の高い第Ⅴ分位の有業者は、2人以上の有業者のいる家計が75%となる。2人以上有業者のいる家計を他の所得階級でも見てみると、第Ⅰ分位では11%、第Ⅱ分位では18%、第Ⅲ分位では36%、第Ⅳ分位では58%となる(「国民生活基礎調査」世帯数,世帯人員・有業人員・所得五分位階級別)。つまり、「国民生活基礎調査」で見る豊かな世帯とは、ダブルインカムや家族ぐるみで働いている世帯ということになる。

 なお、各分位の世帯の所得は、おおよそであるが、第Ⅰ分位は200万円未満、第Ⅱ分位は200万円以上350万円未満、第Ⅲ分位は350万円以上550万円未満、Ⅳ分位は550万円以上850万円未満、第Ⅴ分位は850万円以上となる。

 日本の所得税は基本的に個人課税である。これを家計所得の合計に累進課税することにしたら、日本人はますます結婚しなくなってしまい、子どもも生まれなくなってしまうだろう。結婚せず家計を同一にしなければ累進課税を免れるので、夫婦別姓問題は解決されるが、この方法によって別姓問題を解決しようという人はいないだろう。現行の個人課税は正しい方法と考えるしかない。

 すると、最初の結論に戻る。つまり、お金持ちは少ないので、お金持ちに所得税を増税すれば巨額の税収が得られると思うのは間違いである。税収が必要であれば、より多くの人に課税するしかない。あるいは、財政赤字をなくすためにつまらない政府支出を止めることだ(「経済の常識 VS 政策の非常識 増加する財政赤字 歳出の議論もセットで行え」)。

  
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