経済の常識 VS 政策の非常識

2020年8月15日

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原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

 この8月で敗戦75年となる。日本の政府債務残高の対GDP比は、2019年度には220.7%となり、敗戦直前の1944年の204%を超えている。現在のコロナ対策の財政支出増、コロナ不況による税収減、名目GDPの縮小で、さらに上昇しているだろう。それでも戦中、戦後に起きたようなインフレは起きていない。それどころかデフレを心配する状況にある。なぜだろうか。

(出所)財務省『日本の財政関係資料』を基にウェッジ作成
(イラストレーション=藤田 翔) 写真を拡大

 物価統計を見ると、開戦の1941年から敗戦の45年までで1.8倍、その後49年までで急上昇して78.5倍、合わせて戦前水準の140倍以上(日本銀行「本邦経済統計」東京小売物価指数)になっている。しかし、戦後になってインフレ率が急上昇したと理解するのは誤りである。なぜなら、戦中から戦後直後の統計は実勢より低い統制価格を調べているからだ。

 戦中戦後にインフレ率が一挙に高まったように見えるデータがインフレのコントロールを難しいとする根拠にされることがあるが、物価は37年ごろから徐々に上昇を始めていた。そこから、財政・金融両面から引き締めることは容易だった。そうできなかったのは軍部が権力を握り、軍事費の拡大を抑えられなかったからだ。

 実は、財政状況が戦時並みに悪化しているのは日本だけではない。米国の政府債務残高の対GDP比は、1945年度で117.5%となっていたのに対し、2019年度は106.9%と、ほぼ同じになっている。ただし、物価は1941年から49年までで62%しか上がっていない(US Inflation Calculator, “Consumer Price Index Data from 1913 to 2020,”)。現在の消費者物価上昇率は1%以下となっている。

 米国でも日本でも、最近では財政赤字や債務残高とインフレ率との関係は薄い。しかし、戦争中から戦後にかけての日本では、物価水準が140倍以上になった。現在の日本と戦中戦後の日本で何が違うのだろうか。

 第一は、財政の使い道である。戦時の日本は、国債および通貨発行で、戦費を賄った。予算の5割以上が防衛関係費で、戦況が悪化していくにつれて増加していった。要すれば、ゼロ戦や戦艦大和を造り、みな海に沈めてしまった。財政は、将来の生産を増やすようなことには何も使われていない。

 第二は、供給力の破壊である。国内工場は米国による爆撃に遭い、破壊されてしまった。そもそも軍需物資の生産に使われ、日用品の生産が疎(おろそ)かになっていた。さらに、米国の海上封鎖により、原材料も輸入できなかった。おまけに戦後、日本を支配した占領軍は、日本の封鎖を解かなかった。自由な輸入を許さなかったのだ。原材料を輸入できないのだから、生産できない。

 戦時中、敵である日本に米国が経済封鎖をしたのは当然だが、占領して日本人の生活と治安に責任を持つようになっても封鎖していたのはナンセンスである。そうしていたのは、米国が日本の工業力を復活させず、二度と戦争させないようにと考えていたからだ。その考えは理解できるが、食糧生産や軽工業生産に支障が出るまでやるのはやりすぎである。しかも、食糧不足で治安が乱れ、革命騒ぎになっては困ると、日本に食糧援助までしていた。日本を罰したいと思った結果が日本への援助では何をしていたのか分からない。

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