連邦政府が乗り出す
これで一件落着になるところだったが、3人は殺人などで起訴されたものの、ジョージア州には、人種、宗教、性的志向など差別に根差したヘイトクライムを処罰する法律がなかったため、割り切れなさが残った。
ここで連邦政府が介入、FBI(連邦捜査局)が捜査を始めた。
その結果に基づき、逮捕から1年近くたった21年4月末、ジョージア州南部の連邦大陪審が、ヘイトクライム法の「拉致」「武器使用」などの罪を適用して追起訴を決定するまでにこぎつけた。
検察は、犯行のすべてについて「人種差別によるヘイトクライム」と断罪している。
口にするのも、書くのもはばかられるの「リンチ」というおぞましい行為が元来、裁判なしの私刑という意味であることを考えれば、一般人である犯人グループが、被害者を捕えようとして殺害した今度の事件こそ、まさにこの言葉があてはまる。
ヘイトクライム法には死刑の条項はないが、州法の殺人、連邦法のヘイトクライムで、それぞれ判決が言い渡されるため、合算すれば死刑を免れても超長期の刑期になる可能性がある。
ジョージア州ではこの事件を機に州法であるヘイトクライム法が制定された。
トラックで5キロも引き摺る
今回の事件、犯行に使われたのがピックアップトラックと聞いて思い出したのは、筆者がアメリカ勤務中の1998年、何の落ち度もない黒人男性が白人に殺されたもうひとつの残虐な事件だ。アメリカのヘイトクライムの中でもっとも残忍、悪質といわれる。
6月7日未明、テキサス州東部の田舎町で、パーティー帰りの黒人セールスマン(当時49)が顔見知りの白人男3人に声をかけられたのがきっかけだった。
31ー23歳の犯人グループは、親切ごかして「家まで送ってやるよ」と被害者を車に乗せ、郊外に連れ出した。理由もなく殴る蹴るの暴行、顔にペンキを浴びせ、足首にチェインを巻き付け、片方の端をピックアップトラックの荷台に括り付けて3㍄(4・8㌔)も引き摺りまわすという、血も凍りつくような手段で死亡させた。損傷の激しい遺体を黒人教会の前に放置した後、何食わぬ顔でパーティーにでかけていた。まさに鬼畜の所業とも言うべきだろう。
犯人グループはいずれも白人優越主義者。そのうちの2人は、2011年と19年にそれぞれ死刑を執行され、1人は終身刑で服役している。
この事件はアメリカ社会にも大きな衝撃を与えた。10年以上を経たオバマ政権時代の2009年に連邦ヘイトクライム法が制定された時、この被害者、ジェームズ・バードさんと、やはり同じ年に同性愛であるために殺害された青年の名前を冠して「マシュー・シェパード、ジェームズ・バード法」と名付けられた。