インセンティブのはずが強制性に変質
最初、香港政府は前述の世論結果がどうであろうと積極的にワクチンを打ってくれると楽観視していたようだ。2月26日の接種開始日からは、医療と新型コロナ対策業務従事者、60歳以上、老人ホームなど入居者とスタッフ、公共サービスの維持に必要な公務員、境界を超える運送業者と出入境関係者の5部門にだけ接種対象者を限定したほどだ。
しかし、接種が想定より進まず、3月9日からはスーパマーケットと飲食関係者や公共交通機関の従業員など7つのカテゴリーに拡大。続く3月15日には30歳以上の者や16歳以上の海外留学生など合計14カテゴリーにまで広げる政策を打ち出した。約1カ月後の4月23日よりコミナティ筋注であれば16歳以上、コロナバックであれば18歳以上の予約を開始すると発表。これで全人口の88%、650万人が対象となった。そして6月14日からはコミナティ筋注に関しては12歳以上であれば予約できるようになった。ワクチン予約の専用サイトを見ると、それでも予約枠が余っており、対象者はいつでも接種できる状況だ。
これに加え政府は4月27日には「ワクチンバブル」という政策を打ち出した。例えば、飲食店であれば、従業員全員がワクチンの2回目の接種を完了しかつ14日間経過し、全顧客が新型コロナ追跡アプリである「安心出行(LeaveHomeSafe)」を店の入口にあるQRコードを読み込せるなど一定の基準を満たせば、店内飲食は午前2時から禁止(それ以後は営業可能だがテイクアウトのみ)、収容人数の100%、1テーブルあたり12人で営業できる。これらを従業員全員が1回目の接種のみを終えたケースなど、レストランの防疫対策のレベルを4段階に分け、それに応じて営業時間や収容人数などに差をつけることで接種を促した。ちなみに最も厳しいのは、店内飲食は18時まで、収容人数の50%。1テーブルあたり2人までだ。
さらに政府は5月31日になると、ワクチンを打ちましょうというプロモーションを発表した。日本と同じ職域接種、公務員にはワクチン接種の有給休暇、飲食店従業員などの人との接触が多い職種は定期的なPCR検査義務があるが、その免除、ワクチン接種者を対象に500人に地下鉄1年間乗り放題となるパス(一部の路線を除く)の抽選会を行うなどという方針を掲げた。親中派の企業も香港政府の動きに呼応して、接種者には抽選で約1億5000万円の家が当たると発表したほか、接種者だけは飲食代の割引となる動きがあるなど、企業も巻き込み官民一体で接種率を向上させようと躍起だ。
問題は、その政策が強制性という顔を出してきたところにある。プロモーション実施の会見で食物及衛生局の陳肇始(ソフィア・チャン)局長は「仮に新型コロナウイルスの第5波が来た時、未接種者は、レストラン、学校、映画館、スポーツ施設など感染リスクの高い場所への立ち入りを禁止する可能性がある」とコメントした。これは大きな論議を呼んでいる。香港最高のホテルであるザ・ペニンシュラの幹部は「6月末までに接種率が7割に満たない場合、人員削減を含むコスト削減に踏み切る」とワクチンを半ば強要するようなコメントをした。学校についても「子どもがワクチンを受けていないから通学できないのはおかしい」、「教育の機会を政府が奪うのか」など教育熱心で知られる香港人の怒りが爆発。翌6月1日の記者会見で林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は「市民への懲罰でも威嚇でもない」と火消しに走ったが、こういった一面が、政治不信を生み、接種を加速できない要因の1つであることは間違いない。
香港市民と政府の信頼関係が失われている中、もし再び感染拡大が発生したとき、香港市民はどう反応するのか、香港政府は新しい接種率向上の政策を打ち上げられるのか、注目される。
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