2022年11月29日(火)

経済の常識 VS 政策の非常識

2021年7月20日

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原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

オリンピック・パラリンピック対策も検疫

 コロナ対策として、検疫はワクチンの次に費用対効果が高いだろう。ただ、これから日本が検疫について直面する大きな課題がオリンピック・パラリンピックへの対応である。

 考えてみると、オリンピック・パラリンピックを安全に開催するための対応も検疫である。東京五輪・パラリンピック大会組織委員会が開催都市の東京には選手・コーチ1万8000人、その他の大会関係者が5万9000人、併せて7万7000人が来日して滞在すると試算している(「五輪来日、感染1日7.7人 組織委試算」日本経済新聞2021年6月12日)。これが滞在者数なのか入国者数なのか分からないが、オリンピック・パラリンピックの期間中(オリンピック7月23日~8月8日、パラリンピック8月24日~9月5日開催)、約2か月間の入国者数だとしておこう。2020年度1年間に来た海外からの入国者は24.2万人であるから月に2万人、2か月間で4万人である。これまでの1.9倍の人が来るということである。

 入国管理の仕事を約2倍の強度でしなければならない。2分の1の強度でも変異株の流入を阻止できなかったのだから、2倍になって大丈夫だろうか。

 しかも、2週間はおろか数日も隔離できない可能性もある。わがままな賓客やスター選手や、いうことを聞かないマスコミとか、面倒な人がたくさん来る。PCR検査や抗原検査で隔離するというのだが、感染症学者はPCR検査など、人にうつすようになって初めてわかるのだから無意味だと言っていたではないか。

 ここで何も言わないのは無責任だと思っていたら、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が、6月6日参議院の厚生労働委員会で「開催すれば国内の感染、医療の状況に必ず影響を起こす」と発言し、6月18日には同分科会の有志の提言をまとめた。これを「尾身の乱」などと揶揄する人もいたが、専門家として尾身氏は当然のことをしたまでだ。

 オリンピックをするかしないかは政治が決めることだが、感染が広がりそうか、それをどう避けるのかを提言するのが専門家だ。もちろん、すべての外出を止めれば感染は広がらないが、そうすれば経済が止まって自殺者もうつ病患者も増加してしまう。オリンピックで勇気をもらう人もいるだろう。政治家は総合的に判断するものだが、専門家が政治家の総合的判断にお墨付きを与える必要はない。

尾身提案は国内感染を重視

 尾身氏は、政府や医者などには多少の遠慮があるようだが、オリンピック委員会など少しも偉いと思っていないし、遠慮すべき対象とも思っていない。発言しなければ専門家として無責任だから、その矜持をもって発言したまでだ。

 尾身氏は1990年から20年にわたって世界保健機関(WHO)に勤務し、西太平洋地域からポリオを根絶させ、その功績で西太平洋地域事務局長に就任した。2006年、世界保健機関事務局長の候補者に日本政府から擁立されたが、中国が推薦した候補(テドロス局長の前任)に敗北した人である。敗北したのは日本の押しが中国より弱かったからで、これは仕方がない。

 WHOは、東京五輪の観客上限、新型コロナウイルスの検査や換気の方法、リスク管理について、大会組織委員会や国際オリンピック委員会(IOC)に助言しているとのことである(「五輪観客数やリスク管理、WHOが組織委などと協議へ」朝日新聞2021年6月22日)。尾身氏として、WHOの友人にも、言うべきことを言ったという姿を見せなければ立つ瀬がない。

 ただし、尾身提案は、海外からの変異株を避けることより、国内のウイルスの再拡大の抑止に重点を置いている。尾身氏は、「オリンピックの開催にかかわらず変異ウイルスの影響などで感染が拡大する可能性があり、そこに大会の開催が加わることで、人の流れが増え、感染がさらに拡大し医療がひっ迫するおそれがある」と述べている。つまり、オリンピック関係者の入国よりも、観客が集まることが問題で、「無観客開催が望ましい」ということである(NHKニュース「専門家有志が会見「リスクを十分認識し拡大しないよう対策を」」2021年6月18日 22時17分)。

 これは、日本オリンピック組織委員会の、オリンピック関係者からの感染者は1日7.7人という分析(前掲の「五輪来日、感染1日7.7人 組織委試算」日経記事)を承認していることなのだろう。さらに、ワクチン接種などを考えると7.7人以下になると認識しているのかもしれない。また、PCR検査を行えば陽性者の7割は正しく排除できるはずで、不十分でも次に説明する「バブル検疫」を実施すれば、日本へのウイルスの流入は最小限にできると考えたのかもしれない。変異株の流入を考えなければ、オリンピックに伴う国内の人流の増加の方が重要な問題かもしれない。

 検疫とは入国時にするものだが、オリンピックでは入国時から外部との接触を遮断する「バブル方式」を取ることになっている。オリンピック関係者が泡に入ったようになり、日本人と接触しなければ、日本人も選手も感染することはないというのである。

 しかし、オリンピック・パラリンピックに参加するため日本に入国したウガンダ選手団から2人の感染者が発見された。しかも、濃厚接触者を認定せず、他の選手、あるいは泉佐野市の職員とも接触していた。政府の担当者は「どのような改善策があり得るか、厚生労働省と検討を進めている」と述べたとのことである(「五輪、来日選手ら6人コロナ感染 ウガンダ以外に4人判明」共同通信2021年6月28日)。オリンピックは7月23日に始まるのに、これが6月28日の話である。

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