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2021年9月18日

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渡辺 努 (わたなべ・つとむ)

東京大学大学院経済学研究科教授

1959年生まれ。82年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。92年ハーバード大学経済学博士。一橋大学経済研究所教授などを経て、2011年東京大学大学院経済学研究科教授。19年経済学部長。21年4月から現職。15年に経済統計をリアルタイムで提供するベンチャー企業「ナウキャスト」を設立。

──人々が低価格のものに価値を見出す例として100円ショップが典型だ。エコシステムにどのような問題があるのか。

渡辺 どの商品も100円で買え、その種類の多様さについては企業努力をしているとはいえる。だが、安値の分をどこかに押し付けている。何か製品を作る際、日本国内で製造が完結することは少ないだろう。一部を海外から輸入している。その輸入コストが上がれば原価は上昇するが、価格は100円と決まっているので、人件費などで吸収するしかない。適切な価格付けができているとはいえない。いま100円ショップは300円や1000円などの商品もあるようだが、価格ありきで商品を開発しているならば、かなり不健全な状況といえる。

 経済学の観点でいえば、「フェアプライシング」の概念が重要だ。コストの上昇分は価格に転嫁されるという考え方だ。暴利をむさぼっているのではなく、企業努力をする中でやむを得ない原価上昇などは価格に反映させる。普通の社会では認められることだ。

──他の先進国と比較して、日本は物価に対しての考え方はどう異なるのか。

渡辺 新型コロナで状況が少し変わったが、その前まででいえば、米国や英国、カナダなどは毎年2~3%物価が上がるのが標準的な傾向だ。一方、日本はほぼゼロだ。このことを日本人が実感できる機会が少ない。数年海外に住んでいた日本人が、久しぶりに日本に帰ると、同じサービスでも日本が安いことを強く実感する。

 例えば私の知り合いは、上の子どもをニューヨークの幼稚園に預けていた。数年して帰国し、下の子どもを日本の幼稚園に入れようとしたところ、上の子どもと同じ利用料で預けられたと喜ぶと同時に驚いていた。ニューヨークでは毎年人件費が上がるため、幼稚園の利用料も毎年高くなっていく。そのため、下の子どもの費用がもっとかかると思い込んでいたのである。

 このことは裏を返せば、日本から一歩も出なければ日本の異常さを実感できる機会がないことを示している。日本人でも、戦後のハイパーインフレや1970年代のインフレなどを知っている世代は、今の値段も賃金も上がらない時代に違和感を覚えるが、今の若い世代は生まれてこの方デフレなので、それが当たり前と思ってしまう。「戦争を知らない子供たち」という歌があったが、「インフレを知らない子どもたち」だ。

 つまり、消費者、企業にそれぞれに思い込みがあるということだ。私は年に一度、物価に関するアンケート調査を行うが、「日銀が2%の物価上昇目標を掲げていることについてどう思うか」と聞くと、多くの人が「とんでもないことだ」という。その理由を深掘りしていくと、「賃金は上がらない」と強く思っていることがわかる。本来は物価も賃金も上がることが普通であるのに、賃金が上がらないという固定観念を持っている状態では物価上昇の話も拒んでしまうのだ。

 企業が「できるだけ安い価格で」と努力をすること、「無駄な人件費を抑えて成果を出そう」とする姿勢、耐えることの意義自体は否定しない。だが、日本はその度をあまりにも越している。

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