──企業側に賃上げを求めても、同業他社の足並みを気にして企業が躊躇しないか。
渡辺 その側面はある。今明らかに過剰な牽制が行われている。そこで一時的な価格に関するカルテルを結ぶことを許可するのも一手だろう。
1930年代の米国が参考になる。実は今の日本の構造と似ている。当時の米国は大恐慌を迎え、物価の落ち込み方は異常だった。米国は価格下落を食い止めるために、鉄鋼業界に一時的に協調的な値上げをしてよいとアナウンスし、それが奏功した。戦争の特需で景気が上向いたという面もある。しかし、独禁法を一時的に凍結して、デフレ回避に向かうという判断は正しかったと思う。
ポイントは今の状態を「非常時」と認識することだ。それくらい今の日本も危機的な状況だという意識を持って、価格の「協調」を許す仕組みを導入すべきだ。もちろん行き過ぎた協調は弊害が大きい。その仕組みも時限的にすべきだろう。そうした仕組みづくりの提案は、個々の企業や経営者の団体からは出てこない。ここも政府の主導が必要だ。
国はこれまで物価目標のみを打ち出してきたが、それは政府のメッセージとしてはふさわしくない。先述の通り、賃金が上がらないのに物価目標だけでは意味がない。そこで賃金上昇目標の数字を打ち出すことも求められる。例えば物価目標が2%ならば、労働生産性の上昇分を鑑みて、賃金は3~4%上げる、ということだ。数字よりも、そうした姿勢を政府が打ち出すことに価値がある。
同時に消費者への喚起も進めるべきだ。やはり若者がターゲットになる。SNSなど若者が関心の高いツールを効果的に用いて、発信力のある人に伝えていってもらうよう、国がバックアップしていくべきだ。その際、「正社員だけでなく、非正規労働者も同様に賃上げされる」と強く打ち出すことがポイントになるだろう。
日本の消費者も企業も異常なまでに節約志向が高まった。これを打開するには、「今の状況を動かすことは可能だ」、「動かしていきましょう」と問題をシンプルに示しながら、腰を据えてそのようなメッセージと実際の対策を打ち続けていくことが求められる。